MLB好プレー集
毎年タイトルが変わるが今年もMLBの好プレー集の放送が始まった。 放送時間が一定しないのが難点だが一流プレーヤーによる気迫溢れるプレーは見ていて楽しい。
特に感心するのは一塁手の名人芸だ。 好プレーの対象ではないが、手が届く範囲に投げてくればどんな球でも捕ってやると言わんばかりのプレーには感心する。 特に内野手の好プレーは一塁手の好捕に支えられているだけに重要だ。
今年は日本人選手がどれくらい登場するのか楽しみだ。
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毎年タイトルが変わるが今年もMLBの好プレー集の放送が始まった。 放送時間が一定しないのが難点だが一流プレーヤーによる気迫溢れるプレーは見ていて楽しい。
特に感心するのは一塁手の名人芸だ。 好プレーの対象ではないが、手が届く範囲に投げてくればどんな球でも捕ってやると言わんばかりのプレーには感心する。 特に内野手の好プレーは一塁手の好捕に支えられているだけに重要だ。
今年は日本人選手がどれくらい登場するのか楽しみだ。
20世紀後半の高度経済成長はなぜあれほどの長期間続けられたのか? 専門家による学説や理論は幾つも有るだろう。 しかし私はその一部は戦後の人口増と賃金上昇によって市場が循環的に拡大したことにあると考える。 そしてそれは石油価格の上昇によって減速されたが、バブル経済が成長分を先食いしマージンがなくなるまで続いた。
しかし今、日本は人口減と実質賃金の減少が続いている。 これは市場を循環的に縮小させる事になるだろう。 つまり、今までのシステムでは頴娃町は不可能だ。 言い換えると、日本は全く新しい経済運営を必要としている。 もしも人口減少と物価上昇を超える賃上げを続けられるのであればその限りではないかも知れないが、それは難しいだろう。
政府の発表によれば、2070年には日本の人口は8,700万人まで減少するという。 新しい経済モデルによって経済成長が可能にならない限り、日本経済は衰退せざるを得ない。 あるいは移住者で人口減少を補うかだが、それが出来ねば日本は衰退を続けるしかないだろう。
2023/04/26付けのAFP日本語版によると、パナマ運河が水不足に陥り通行が制限されているという。
AFP記事;「パナマ運河、水不足で通航制限」
記事によると、運河に水を供給する二つの人造湖の水が部分的に干上がっており、十分な水の供給が出来ないようだ。 パナマ運河は日本の貿易にとって重要な航路であり、通行制限が拡大したり通行不能になれば日本経済への影響は大きい。
自然を扱う番組ではしばしばオルカがアザラシを狩る光景を見る。 しかし同じく氷海でアザラシを狩るシロクマと出会うとどうなるのだろうか。 オルカはシロクマを狩るのだろうか。 それとも互いに手出しをする事を避けるのだろうか。 体の大きさから考えて、オルカがシロクマを狙っても良さそうに思うのだが。
つまるところは自民党に近いことが最大の要因に見える。 一般国民の超えに耳を傾けない自民党への不満と、対立抗争に明け暮れて政策がはっきりしない民主勢(自民も民主でしたね失礼)に対する不満の間隙でとりあえずの選択肢になっているのでしょう。 ただ、公明党と自民の寵愛を争っている妾のように見えることもあるので、そのあたりは習性が必要でしょう。
この数年、女子プロゴルフでは次々と若い新しいスターがでている。 ある年に圧倒的強さを見せても翌年にはまた別の選手が強さを見せる。 そして今年は次々と初優勝者が出ている。
彼女らの中には早々と米国での武者修行に挑む者もいて、長く世界で通用する選手がいなかった日本としては期待が出来る。 彼女らが海外のトーナメントで活躍すれば、自分にも出来ると考える者達の水準も向上する。 それが楽しみだ。 そして国内トーナメントでの競争が激しくなり、国内だけでは食べて行けなくなれば、さらに課外に挑戦する選手が増えるだろう。
それに対して、松山に続く者が出てこない男子は情けない。 低レベルでも国内トーナメントだけで食べて行けるのか、海外のトーナメントに挑戦する選手が出てこないのが寂しい。
昨日、今日(2023/04/22)の強風のためか、今日は視界が少し回復している。
と言っても紀淡海峡方面はかろうじて見えているが堺方面は全く見えない。 やはり都市公害による大気汚染なのだろうか。 あるいは大陸から流れてくるものなのだろうか。 今後季節が進んで、西風より南風が優勢になるとどうなるかを見ていたい。 それで良くなるようであれば、大陸から流れ込んでくる大気汚染と考えても良いだろう。
追記(2023/04/22 17:30);
日が傾いてやっと対岸が見えるようになってきた。 代わりに紀淡海峡が見にくくなっている。 太陽に近い方向のかすみかたが強いのはいつものことだが、その程度はこの数週間より良くなってはいるようだ。
黄砂が過ぎ去ってからしばらく経つが、空気は一向にきれいにならない。 今日(2023/04/21)も景色は薄黄色くぼやけたままで、山麓の我が家からは神戸港の外防波堤が見えない。 光化学スモッグがひどかった時代に比べてむしろ空気は汚い。 これはダストなのかスモッグなのか。
とにかく最近の空気はひどい状態で、本来なら見えるはずの大阪湾の対岸や淡路島が見える日は全くない。 恐らく、昔ながらの測定法ではかからない汚染物質が多いのだろう。
戦争が起きるにはどんな理由があるのだろう。
歴史を眺めてみると、生存のためにやむにやまれず戦争をせざるを得なかったという共感できる例から、権力者の欲望という全く共感できない例まである様だ。
前者は、天災や天変地異そして気候変動によって飢餓に瀕した集団が生存のために新天地を求めて移動する途上で、先住者と争いになるような例が考えられる。歴史を眺めると、この様な理由で起きた戦争はいくつもあるようだ。
後者は、社会的な評価を得たいという理由で権力者が起こすことが多いようだ。 たとえば、民族や国家の英雄として歴史上の英雄とたたえられたいと言うものがある。 また、侵略によって国家に富をもたらして賞賛されたいというものもある。
前者は中世以後民族の集団移動がほぼ不可能になったので起きていないが、後者は今も起き続けている。 小は途上国の部族戦争や、宗教指導者の勢力拡大抗争から国家間の大戦争まであり、今も起きている。 特に社会的に評価されたいと言う名誉欲によるものは抑止が困難だ。 男女とも社会的評価を求めて努力するのが当然だとする社会規範が根強いので、名誉欲による戦争は今後も起き続けるだろう。
コズミックフロントを見ているとしばしば矛盾した説明に戸惑う。 以前には生命について全く逆の説明があった。 一方は液体の水があれば生命は必然的に生じると言い、もう一方では地球上の生命は希有な偶然の積み重ねによって生じた極めてまれなものだという。 それぞれの回だけを見るといかにも正しいように見えるのだが、両方を合わせてみると全く矛盾して居るではないかと言うことになる。
これは惑星の大気についても言える。 ある回では火星には磁場がないので太陽風によってはぎ取られて大気がほとんど無くなったと、コンピューターシミュレーションを添えて説明されていた。 その説明では地球に大気があるのは磁場があるからだと言うことなのだが、そうすると金星については矛盾が生じる。 金星には磁場がないからだ。
磁場がなく太陽により近い金星の大気は、太陽風によって激しく吹き飛ばされるはずだ。 だから金星に地球を遙かに超える濃密な大気がある事とは矛盾し、磁場の有無は全く説明にならない。 したがって、金星、地球、火星の大気については磁場とは別の説明が必要だ。
だから、金星と地球と火星の大気量の違いについて矛盾なく説明できる理論を提示して欲しい。
追記;
研究者も含めて、我々はつい地球が標準的な存在であると考えてしまいがちだ。 しかし大気に関しては金星が標準的な存在であって、金星に比較してごく僅かしか大気がない地球の方が異常なのかも知れない。 そんな見知から両惑星を比較すると、巨大な衛星を持つ地球はジャイアントインパクトで大気の多くを失ったが、衛星のない金星は衝突で大気を失うことがなかったのでこれほど濃密な大気を保持し続けることが出来たとも考えられる。 専門の研究者にはもっと妥当性のありそうなアイディアがあるだろう。 是非とも提案してもらいたい。
この半月ほど、外出すると目が痛くなる。うっかり目をこするとまぶたがひりつくし、ひどいときは目やにでまぶたが開けられなくなる。
マスクをしているためか喉は少しざらつく程度だし、鼻水もたいしたことは無い。 しかし目が開けにくいのには閉口する。
もう20年近く昔になるが、今頃の季節に福井の海岸近くを車で走っていると雨が強く降り始めた。 しかし降ってきたのは水ではなく泥で、たちまち前が見えなくなった。 ウインドウオッシャーを使って洗浄してもすぐにまた前が見えなくなる。 雨が止むまでウオッシャーを使いながら走ったが、あとでウオッシャー液のタンクをチェックすると満タン近かった液量が半分以下になっていた。
あすは黄砂と雨が予想されている。 泥の雨で困る人が出るかも知れない。 出発前にウオッシャー液を満タンにしておきましょう。
今(2023.4.9)2023年度のマスターズトーナメントが行われている。 世界で最も美しいと言われるコースの最も美しい時期に行われるだけあって、さすがにコースの風景は美しい。 日本にも美しいコースは有るが、必ずしもそのコースが最も美しい時期を選んで行われるわけではないようだ。
川奈の富士コースは海の眺めが美しいが、花が咲き乱れるオーガスタ・ナショナルに較べるとやはり見劣りがする。 トーナメントの時期に咲く草花や花木を植えるともっと良くなるだろう。 同じ事は他のコースについても言える。 そのコースで行われるトーナメントの時期に、最も美しくなるよう植栽を工夫してみてはどうだろうか。
この2週間ほど、新型コロナの新規感染者数は横ばいまたは微増の状態が続いている。 これが今後どうなるのか気になるところだ。
反マスク派は患者数が急増してもマスクはするなと主張するのだろうが、ここは各人自己の判断で斜くの有無を決める方が良い。 いずれにしても、マスクとれ警察はあなたが感染しても関に威をとってはくれないから自分で自分を守らなければならない。 花粉症が治まる五月上旬まではマスクを着用する必要がある人が多いだろうが、メディアなどのマスク取れ圧力に安易には同調しないことだ。。
全国各地で染井吉野が満開になって、桜の名所はお花見で賑わっていると報道されている。 近頃は世界各地にも染井吉野が植えられ、それぞれの国の流儀でお花見が楽しまれているようだ。
しかし以前はそれぞれの国で愛好される版が異なって、その花の花見が楽しまれていた。 中国では桃やスモモが、朝鮮半島でもスモモが春の花の代表で、これらの花見が楽しまれてきたようだ。
だが日本では万葉集以前の時代から桜が愛され、桜のは波形斧しまれて生きたようだ。 なぜ桃やスモモではなく桜なのか? それは。中国からもたらされた桃やスモモと異なり、日本の野山には山桜が多数自生していたからだろう。 そして桜の花は本格的な春の到来を告げ、もう凍えるような寒さはないこと、農作業を始める時期が来たことを知らせる目安にもなっていた。 だから人々は本格的に農作業を始める前の一日を桜の下に集い、飲食を共にして一年の農作業に対する英気を養ったのだろう。 また、貴族や都市生活者は冬の間街に閉じこもってたまったストレスを野遊びで発散させた。 その野遊びの中でも最も好まれたものが桜狩り(花見)だったのだ。
そこで権力者は桜の名所を作り、そこでストレスを発散できるよう花見を奨励したと思われる。 特に江戸幕府は、大川端や飛鳥山、後には御殿山などに多数の桜を植え、そこでは身分を問わず無礼講の宴会を許して民衆のストレス解消に努めたことがしあられている。
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