民を栄えさせよ;ファラオたちの家訓
2012/06/24のNHKスペシャル「知られざる大英博物館1」で、古代エジプトの庶民の生活についての最近の知見が紹介されていた。一次生産者である農民たちの生活については全く触れられていなかったが、王墓、寺院、都市インフラなどの建設に従事する職人たち(主要な都市住民)は現代の庶民とさして変わらない生活をしていたのだという。
その根拠として、当時の庶民のミイラや庶民用の墓地から発掘された遺骨の分析結果があげられていた。それによると、当時の庶民には通風やリューマチ、骨粗鬆症などの痕跡が認められるのだという。これは、当時の庶民が豊かな食事をとっており、長命なものもいたことを示している。
また、当時の教科書や数学問題集等も発見されており、当時の高度な知識を庶民でも学ぶことができたことを示しているという。また、当時の庶民の勤務記録簿や、彼らが給与遅配による困窮をストライキで雇用主であるファラオに訴え、その結果給与を受け取ることができたという記録すらあるという。今風に言えば、「公務員のスト権が認められていた」と言うことになる。
さらに王家の家訓集には、「行いを良くし、民を栄えさせよ」という言葉もあるという。恐らく、「民の豊かさが国力の元」ということが支配層に認識されていたのだろう。これらは、当時の庶民はかつてアメリカ映画などで描かれた様な奴隷的境遇ではなかった事を示しているという。
古代エジプト王がいかに国を支配したかについての従来の認識は、西欧の中世から近世にかけての専制支配における農奴(農民)の境遇が色濃く反映されているように見える。それよりもはるかに昔のことだから、もっと酷いことが行われていたはずだと言うことだろう。西欧の民衆が経験したことから言えばやむを得ない認識かもしれない。
今回の放送で紹介されていたのは上記のように都市生活者の生活であったが、農民が全く別の過酷な境遇だったという特別の理由はなさそうだ。古代エジプトの統治者の感覚は非常に洗練されており、庶民の日常は現代的な基準で考えても豊かだったのだ。
これは、洗練された支配者による専制政治は、愚かな民衆による民主政治より優れている事があり得ると言う例でもある。我が国の政治が衆愚政治に陥って、まともに機能していないことを考えると、国民も政治家もファラオの家訓に学べと言いたくなる。
追記(2012/06/25)
今回の放送の資料の一部は、当時の書記が残した多数のパピルス文書によっている。この書記は長年「王家の谷」での墳墓や神殿の建設に携わったそうだ。と言うことは、「王家の谷」での建設は長年にわたり公然と行われたもので、かつて言われていた「密かに建設され、完成後は秘密を守る為労働者を皆殺しにした」という説も誤りだったことになる。
同じ様な事は、ピラミッドの建設が奴隷労働によってではなく、ナイル川の増水期に農地が水没して仕事ができない農民を雇用して行われたもので、失業対策事業的な性格も兼ね備えたものであったと言う最近の知見についても言える。もちろん増水期には、大量の建設資材や食料などの運搬が楽であったことも考慮すべきではあるが。
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