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June 2012

June 30, 2012

離党を催促され始めた小沢氏

小沢氏にたいして野田氏から最後通告が突きつけられた。

「三党合意の再修正はあり得ない」、「離党せずに会派を離脱することは認めない」、そして「分党はあり得ない」だ。そして民主党幹部からも小沢氏の離党を催促するかのような発言が出始めている。

最早、小沢氏にとっては分党による党資金の分配をあきらめて離党するか、謝罪して全面降伏するかのどちらかしか選択の余地がない様に見える。このまま言を左右して先送りしようとすれば追随者が脱落し始めるだろうから。

しかし、全面降伏は自ら政治生命を絶つに等しい。少しでも政界に生き残る可能性を残す為には、早期離党しか残された道はない。謝罪も離党も、小沢氏にとっては敗北を認めることを意味するのではあるが。

June 28, 2012

大きいことはいいことか?

バブル景気に日本中が沸いていたころ、かの山本直純氏が大勢の子供たちを引き連れて「大きいことはいいことだ~」と歌い踊るコマーシャルスポットがあった。あれは確かにあの時代の気分を反映していたと思う。

そしてそれはバブル崩壊後も続き、「大きい事がよいこと」と地方自治体の合併が推し進められた。これは後に「平成の大合併」と呼ばれることになるが、その根拠は大きくなることで効率化が図れ、国も自治体も経費が削減できると言うものだった。しかしその結果、大組織としての効率向上を求める「十把一絡げ」の大雑把な行政がまかり通ることになった。また、その為に無駄な経費が増えた部分も少なくない。

それは当然だ。組織が大きくなれば取り扱う事務の量が増え、細かな個別事情を斟酌していては物事が進められなくなる。だから行政機関としては杓子定規に逃げ込まざるを得ない。これが大組織における弊害の典型だ。そしてそれが現在の地方行政に血が通わないと言われる原因の一つになっている。

この点、西欧諸国における地方行政のシステムには日本とは対極的な部分がある。西欧主要国ではいまだに村や町などの小さな単位が重視され機能しているからだ。

このような小単位では役人も議会議員も無給のパートタイムが多く(代わりに受け取るのは名声と尊敬だ)、専従職員がいない場合もあるので人件費は低く抑えられている。単位が小さいので取り扱う事務や議案の量が少ないので、パートタイムでも十分処理できるのだ。また、住民が相互に熟知しあっているので、きめの細かい対応ができる。そして村や町が単独では処理できない問題については、上部組織である「郡」の議会や行政機関が処理する。これらは村や町から選ばれた者達が集まって組織し、必要に応じて専従職員を持つ。そして同じ階層構造(ヒエラルキー)が県・州の政府へ、そして国家に至るまで積み重なって機能している。国から村や町に至るまで、仕事の規模と質による分業制が確立しているのだ。

この点が国と地方の間で、責任の押し付け合いや権限の奪い合いばかりしている日本とは大きく異なる。小さいからこそできることもある。日本も、小さい組織のメリットと、それを生かすシステムを取り入れるべきだ。

その為には「平成の大分裂」があっても良い。

またも離党先送りの小沢氏

輿石氏との会談を口実にして、またも離党を先送りした小沢氏。増税法案の衆院採決後は直ちに離党すると称していたが、採決後は今後検討するになり、今度は参院採決後に検討すると言いだした。事実上離党を取り下げたと言っても良い。

小沢氏も、離党が自分の政治生命を絶つことに繋がりかねない(恐らく確実に繋がる)ことは十分承知のはずだ。また選挙に必要な3バンを持たない為、内心では離党したくない造反派を、どこまで自分の元に引き留められるかという問題もあるだろう。離党に追随する者が少なければ、小沢氏の政治生命は確実に絶たれる。

政治資金疑惑で企業献金が大幅に減り、個人献金を隠れ蓑にした迂回企業献金に対する監視も強まっている。小沢氏の拠り所である札束の厚みは確実に減っているはずだ。そして小沢チルドレンの多くは小沢資金が頼りだ。単なる資金目当てでも追随者が多い方が体面は保てるが、多ければ肝心の資金供給が十分にできなくなるというジレンマがある。逆に少なければ、小沢氏と追随者たちにとっては致命的だ。

従って当分は、輿石氏の仲介を口実にして何かが起きるのを待つ離党先送りが続くだろう。しかし、その仲介も党内からの「輿石氏は何をしているのか?」あるいは「輿石氏は離党先送りに協力しているだけだ」という声が強まれば続けられなくなる。既に、小沢氏にはさっさと出て行ってもらう方が良いと言う声が出始めているからだ。

離党しても小沢氏を拾う政党はもう無いだろう。大政党は言うに及ばず、小政党にとっても金のない小沢氏を拾う事によるメリットがないからだ。先送りしても小沢氏にとっての展望が開ける可能性はほとんど無い。現状では離党を口にすること以外、何かできる余地も小沢氏にはほとんど無くなった。小沢氏はもう、回復不能なところまで追い詰められている。

追記(2012/06/29)
今日もまた小沢氏は離党を先送り。この週末の間考えるとのことだが、月曜にはまた輿石氏との会談があるとのこと。ただダラダラと会談を繰り返す輿石氏への批判も高まりそうだ。そこでもまた先送りができるかどうか・・・・・。

政局は総選挙時期に

消費税増税法案が衆議院を通過して、政局の中心は秋にも予想される総選挙対策に移った。

多くの現職議員にとって、議員定数の削減が盛り込まれている議員定数改正案は好ましくない。そこで当面の目標は、改正案の審議を遅らせて現行法下での選挙に持ち込むことだ。その為の工作があれこれと表面化し始めている。

想定される戦法の第一は、増税法案の参院通過を早め、その後内閣不信任案を提出することだ。民主党造反派が賛成すれば不信任が成立する可能性があり、その後直ちに解散総選挙になる事を期待するわけだ。改正選挙法の審議が進まないうちに解散になれば、故意に審議を遅らせたという非難を受けずに済む。

しかしこれは少しでも選挙を遅らせたい造反派が同調しない可能性がある。そこで造反派の動き、具体的には離党の有無や解散容認の可能性を探ろうとするだろう。ただ、選挙資金や集票組織を持たない小沢チルドレン主体の造反派は簡単には離党しないと予想できる。その結果、党内に留まりたい造反派の多くが内閣不信任案に同調しない可能性がある。

従って野党は、造反派が離党せざるを得なくなるような状況を作る為の攻撃を強めると思われる。党内に留まればあれこれ理屈をつけて同調しない可能性があるが、離党すれば不信任案に同調しやすくなると期待するからだ。

と言うわけで、早く現行法下での総選挙に持ち込みたい野党と、少しでも総選挙を遅らせて党内での地位回復を図りたい民主党造反派、そして小沢派追い出しの為には場合によっては早期解散もやむを得ずと腹を括っていると思われる民主党主流派の三つどもえのせめぎ合いが続くだろう。

補足;
定数改正案については、野党は改正案の審議を故意に遅らせたとの非難を避ける為、あれこれ理屈をつけて衆議院での審議の全てを遅らせ、改正案審議の後れが目立たないようにするだろう。これに対して内閣側は定数減は好ましくないと思いつつも、内閣の実績作りの為に成立を図ろうとするだろう。造反派は当然審議の後れを望むはずだ。

旱魃と豪雨

この夏もまた、北半球のあちこちから旱魃と豪雨の報道が相次いでいる。荒っぽい天候は今年も続くようだ。

近いところでは朝鮮半島の旱魃。米国では中西部から西部の広い範囲での旱魃とそれによる大規模な山林火災、およびフロリダ半島でのハリケーンによる豪雨。バングラデシュでも豪雨で被害が出ていると報じられている。どれも日本の豪雨被害を遙かに上回る被害だ。

日本での大規模な洪水被害が少ないのは、天候災害に慣れて対策が進んでいる事もあるだろうが、山と海が近く地形が複雑で広がりにくいと言う要素もあるだろう。大陸で広範囲で長期間被害が続くというのは、平坦地が広がっているという地形的な要素もあり得るからだ。また、これらの地域でも農地化や住宅地化によって緩衝地帯が減少し続けている事の影響もあるだろう。

天候災害を避けるには、水循環を考慮した対策が必要だ。それには、森林や湿地などを保全して、大気中への水分供給源の集中化を避ける事も考慮すべきだろうし、それらによる雨水の一時貯留なども考慮すべきだ。何よりも、むやみやたらの現代文明化は避けなければならない。

なぜならば、昔は旱魃や洪水が起きても、人的あるいは金銭的被害が出ない為に話題にならなかった場所にも人間が居住するようになったことを、原因の一つとしてあげなければならないからだ。

追記(2012/06/30);
今日は朝鮮半島のほぼ全域で雨が降っているようだ。梅雨前線上を移動する低気圧による雨なので、集中豪雨の危険があるがそうならずにほどほどの雨になることを祈る。

June 27, 2012

紛らわしい・・・・

NHK教育テレビの高校向け化学の時間に、「ニクロム酸」という名が出てきて一瞬まごついた。もちろんこれは「二(漢数字の2)クロム酸」であって「ニ(カタカナのニ)クロム酸」ではないと、化学を少し学んだ物であれば分かるのだが、ぼんやりと聞き流していると非常に紛らわしい。

「二クロム酸」は一昔前は「重クロム酸」という通称でも呼ばれていたが、これは紛らわしさを避ける為だったのだろう。以前は、漢数字の「二」とカタカナの「ニ」の区別がしやすい字体が用いられていたが、最近のコンピューター文字の字体は区別しにくい物が多い(と言うよりも同一にしか見えない物が多い)。また読む際にも、昔は「二・クロム酸」と言うように、「二」にアクセントを置き、その次の「クロム」との間にわずかな間を置くことが多かったのだが、最近はフラットアクセントで間を置かない読み方が多いので、耳でも「ニクロム線」の「ニクロム」のように聞こえる。

補足;「二クロム酸」は英語名「dichromate(dichromic acid)」の日本語訳。電熱器でおなじみの「ニクロム線」の「ニクロム」は、「Ni-Cr」で「ニッケル」と「クロム」の合金の意味。「nichromate(nichromic acid)」という化合物は存在しない。

失せもの出る

長い間見失って探していた本や小物がある日突然見つかることがある。

見つけた場所が机や棚の後ろの隙間であればよくあることで不思議でも何でもない。しかし時には、日常的に物を置いたり出し入れしたりしている場所のこともある。

まるで、時空の襞の間に落ち込んでいたものがはき出されてきたようだ。

そこにずっとある物が見えていなかったのは、何らかの心理的盲点があったからだろうが不思議なことだ。

June 24, 2012

民を栄えさせよ;ファラオたちの家訓

2012/06/24のNHKスペシャル「知られざる大英博物館1」で、古代エジプトの庶民の生活についての最近の知見が紹介されていた。一次生産者である農民たちの生活については全く触れられていなかったが、王墓、寺院、都市インフラなどの建設に従事する職人たち(主要な都市住民)は現代の庶民とさして変わらない生活をしていたのだという。

その根拠として、当時の庶民のミイラや庶民用の墓地から発掘された遺骨の分析結果があげられていた。それによると、当時の庶民には通風やリューマチ、骨粗鬆症などの痕跡が認められるのだという。これは、当時の庶民が豊かな食事をとっており、長命なものもいたことを示している。

また、当時の教科書や数学問題集等も発見されており、当時の高度な知識を庶民でも学ぶことができたことを示しているという。また、当時の庶民の勤務記録簿や、彼らが給与遅配による困窮をストライキで雇用主であるファラオに訴え、その結果給与を受け取ることができたという記録すらあるという。今風に言えば、「公務員のスト権が認められていた」と言うことになる。

さらに王家の家訓集には、「行いを良くし、民を栄えさせよ」という言葉もあるという。恐らく、「民の豊かさが国力の元」ということが支配層に認識されていたのだろう。これらは、当時の庶民はかつてアメリカ映画などで描かれた様な奴隷的境遇ではなかった事を示しているという。

古代エジプト王がいかに国を支配したかについての従来の認識は、西欧の中世から近世にかけての専制支配における農奴(農民)の境遇が色濃く反映されているように見える。それよりもはるかに昔のことだから、もっと酷いことが行われていたはずだと言うことだろう。西欧の民衆が経験したことから言えばやむを得ない認識かもしれない。

今回の放送で紹介されていたのは上記のように都市生活者の生活であったが、農民が全く別の過酷な境遇だったという特別の理由はなさそうだ。古代エジプトの統治者の感覚は非常に洗練されており、庶民の日常は現代的な基準で考えても豊かだったのだ。

これは、洗練された支配者による専制政治は、愚かな民衆による民主政治より優れている事があり得ると言う例でもある。我が国の政治が衆愚政治に陥って、まともに機能していないことを考えると、国民も政治家もファラオの家訓に学べと言いたくなる。

追記(2012/06/25)
今回の放送の資料の一部は、当時の書記が残した多数のパピルス文書によっている。この書記は長年「王家の谷」での墳墓や神殿の建設に携わったそうだ。と言うことは、「王家の谷」での建設は長年にわたり公然と行われたもので、かつて言われていた「密かに建設され、完成後は秘密を守る為労働者を皆殺しにした」という説も誤りだったことになる。

同じ様な事は、ピラミッドの建設が奴隷労働によってではなく、ナイル川の増水期に農地が水没して仕事ができない農民を雇用して行われたもので、失業対策事業的な性格も兼ね備えたものであったと言う最近の知見についても言える。もちろん増水期には、大量の建設資材や食料などの運搬が楽であったことも考慮すべきではあるが。

June 23, 2012

地球の太陽面通過(短編SFの黄金時代)

先日の金星の太陽面通過を眺めながら、A.C.クラークの「地球の太陽面通過」というSF短編を思い出していた。ただ一人火星に残った主人公の台詞、「おーい地球、ここにいるぞ」と、新たな生命の源となるべく歩み去る際の「さあ行くぞ、ジョン・セバスチャン」が印象に残っている。

それはともかく、これが書かれた時代、SFの世界では美しく楽しい短編が多数書かれていた。A.C.クラークの他、I.アシモフ、レイ・ブラッドベリなどがその世代の短編作家の代表格だし、R.ハインラインも書いている。一世代前にはF.ブラウン、E.F.ラッセル、C.D.シマックなどもいる。このころはSF雑誌の黄金時代で、それらに向けた短編が数多く書かれ、またそれらを集めた短編集も盛んに出版された。

これらの中から私の好きなものを少しだけ掲げてみよう。
「証言」、「すこしの油」 E.F.ラッセル
「大きな前庭」 C.D.シマック
「スポンサーから一言」 F.ブラウン
「その名はバイルシュタイン」 I.アシモフ
「太陽からの風」、「メデューサとの出会い」 A.C.クラーク
「太陽の金の林檎」 R.ブラッドベリ

June 21, 2012

離党に追い詰められた?;小沢氏の動向

一部の報道で小沢氏が離党するのではとの観測が出始めた。

民主党多数派の、小沢氏切り捨ての動きの中で何が何でも民主党にとどまろうとしてきた小沢氏だが、それも限度に来たと言うことだろうか?

資金面で追い詰められている小沢氏にとって、民主党の党資金への道を捨てることは自分の権力を捨てることに等しい。最悪でも、民主党を解党して党資金の配分を受けることが好ましい。だから離党は最悪の道で、何が何でも民主党にしがみついてきた。これまでの彼の軌跡が物語るように、分厚い札束あってこその「豪腕小沢」であり、金がなければただの人だからだ。

その小沢氏が離党に動くとすれば、この1~2ヶ月小沢氏の切り捨てへ圧力を強めていた主流派の作戦が功を奏し始めたのかもしれない。

小沢氏が離党して、何人が後に続くのだろうか?かつての金も組織もない小沢氏に従っても、小沢チルドレンにとって次の選挙は絶望的だ。それとも「反民営化でなければ何でも良い」、「自民でなければ何でも良い」、「民主でなければ何でも良い」の、「~でなければ何でも良い」を煽るメディアに期待をつないで、「非民主」、「非自民」の看板を選ぶのか・・・・。

もっとも、今更党方針への反対を撤回する事も、小沢氏にとっては不可能だ。そんなことをすれば、小沢氏の政治生命が完全にたたれるからだ。最早小沢氏にとっては、ただ反対を続ける事以外の選択肢はない。党幹部側ももちろんそれは織り込み済みだろう。その上で、野党の協力を得て可決する事を目指すと言うことだ。

これは、実情に合わないことが明らかになった選挙公約を、対立勢力に対する武器にすることを選んだ小沢氏が入り込んだ袋小路だったと言っても良い。

追記(2012/06/21 19:15)
ついに離党を口にし始めた小沢氏に果たしてどれくらいの人数がついて行くのだろうか。それは、追随を考える物が小沢氏にどれくらいの資金力があると判断するかにかかっている。

追随離党者が10人以下と言うことは無いだろうが、20人をどれくらい超えられるのか。政治解説者が口にする単独過半数割れになれば、党幹部が解散・総選挙に踏み切る可能性もある。そこまで考えるのであれば離党はしにくいだろう。

もっとも、今更主流派になびいても次の総選挙では党内の有利なポジションは得られないからと、破れかぶれで離党する者が大量にでる可能性は否定しない。

追記(2012/06/22 18:41)
小沢氏とともに離党する人数について憶測記事が出始めた。既に50人を超えたと言う者もあれば、45人というものもある。また、50人以上を目指して努力するとだけ伝えて具体的な人数を上げることを控えている大手メディアもある。それだけ不確実と言うことだろう。

実際に離党まで行く者がどれだけいるのか、次回総選挙に向けた代議士心理を知る資料として興味深い。

追記(2012/06/22 22:48)
輿石氏は相変わらず野田氏と小沢氏とを話し合わせる事に執着している。野田氏も小沢氏も、どちらも今更譲歩するのは不可能だ。譲歩が不可能である以上、両者が会談しても何らかの合意がなされることはあり得ない。

輿石氏は、この状況で自分の威信を示したいのかもしれないが、道化に見えて仕方がない。

追記(2012/06/23 21:21)
三大紙は造反組の人数の具体的な予想を出すことを今はまだ避けているようだが、時事通信が60名以上が造反との予測記事を出している。

いずれにしても、民主党幹部は少数与党になれば解散・総選挙と腹を括っているだろう。そうなれば小沢氏が新党を結成しても、「3バン」を持たない小沢チルドレンが大半では一桁政党になることはほぼ確実。従って、造反しても自分からは離党しない可能性は大いにある。造反後残っても冷遇されることが確実なので、追い詰められての破れかぶれかもしれない。

小沢新党に「カンバン」を替えることだけが希望ということか?

過去三回の「~でなければ何でも良い」選挙で毎回悪くなった日本の政治。はたして今回もメディアは「~でなければ何でも良い」を煽るのだろうか。そして喜んでそれに乗って踊ってきた愚かな有権者はどう動くのか。

別稿でも書いているが、民主主義政体での政治はその国の有権者の政治能力を反映する。有権者の水準以上には良くならないのだ。

追記(2012/06/25 22:03)
採決での造反者数を50前後と予測する報道が増えてきた。もっとも50でも60でも採決の結果には影響がないのだが。

最大の問題は造反者が裁決後離党するか否かなのだが、自発的に離党するものはごく少ないだろう。そもそも小沢氏自身が自発的には離党しない可能性があるからだ。造反者は数が多ければ除籍処分されないと踏んでいるのだろうが、野党は処分の検討が始まる前に内閣不信任案を出してくると思われる。それに対し造反者たちがどうでるのか。不信任案に賛成すれば直ちに解散総選挙になる。また、不信任案に賛成しなければ造反する主旨が立たない。そこまで考えているのかどうか疑問ではある。

造反者たちの多くを占める小沢チルドレンにとって、再選されるめどがない早期の総選挙が好ましくない事は歴然としている。主流派を追い込むことは自分自身を追い詰めることでもある。

追記(2012/06/26 16:30)
増税法案可決。造反者が予想より20人ほど多かったが、可決が事前に決まっていたので気楽にできたろう。正念場は参院可決後に予想される内閣不信任案だ。

早期の総選挙を望むのか、それとも避けたいのか。それによって行動が決まるだろう。定数改正法案の審議を拒否することで抵抗はできるが、それでは増税法案反対の主旨が立たない。

また9月総選挙になれば、原子力発電所は稼働継続になる可能性が大きい。選挙後止めるとすると停止は11月近くになるだろう。その場合、次の冬の電力不足に対応するのに再稼働が間に合わなくなる。

訂正(2012/06/26 19:00)
70人が造反したという記事を見て書いたのだが、その後の別の報道では約50人というものもある。

追記(2012/06/27 08:40)
どうやら造反者数は57人に落ち着いたようだ。小沢派単独にしては多く、小鳩派としては少ない感じがする。鳩山派同調者は10人程度と言うことか?

June 19, 2012

AIJ事件;厳罰化で再発は防げるか?

AIJ投資顧問事件を受けて、再発防止の為厳罰化を検討するという。しかし、厳罰化で再発は本当に防げるのだろうか?

結論を先に言えば、私は防げないと思う。始めからだまし取る目的の詐欺であれば、厳罰化は多少の抑止力になり得るかもしれない。しかし、誠実に事業を行う意図で始めた者達が深みにはまり、大損失を出す場合についてはむしろ悪いかもしれない。

今回のような資金の投機的運用では、損失を出してもそれを取り返せると考えて追加資金の投入を繰り返し、最後にどうにもならなくなって破綻する例は少なくない。これは賭博で大損失を出す場合の経過と同じだ。

これはどちらの場合も同じ心理が働くからで、心理的な誘導無しには途中で止めさせるのは難しいだろう。このような場合、厳罰はむしろ損失を隠し深みにはまらせる方向に作用する可能性が高い。だから厳罰よりも、心理学者の知恵を借りて損失が小さいうちに抜け出しやすいような制度を作る方が良い。

たとえば、損害が少ないうちに届け出れば公的な救済が受けられ刑事罰も軽くて済むが、ある限度を超えると厳罰になり公的な救済もうけられない等を思いつく。賭博者の心理に詳しい心理学者の知恵を借りれば、もっと良い案が出てくるだろう。

June 18, 2012

台風襲来

台風4号が日本列島串刺しコースで接近している。

この数日の高層気象図では、台風をブロックするような西風がないのでこのまま進んで来ると思われる。

今日の天気図では4号の西に5号も発生している。これも4号に引きずられるようにやってきそうだ。明日から数日間、日本列島は大荒れになる可能性が高い。

海や山での遊びは自粛しなければならない。命あっての物種だ。

追記(2012/06/19 09:27)
高空気象図には強い西風がないが、秋台風並みの高速で接近してくる。再接近時間が早まったので準備を早めよう。

追記(2012/06/19 20:43)
台風4号は秋台風並みの高速で紀伊半島をかすめていった。高層気象図では西風が特に強くは見えないが、日本上空で北東に向かって吹いている範囲の幅が広いので押し流す力が強いのだろうか。

国家財政破綻は誰の責任か?

世界信用不安の原因はギリシャなどの国家税制危機だとされている。私はそればかりではなく、多発するバブルとその崩壊に対する漠然とした不安も影響していると考えている。

それはさておき、財政危機に直面した国では「政府にだまされた」と非難する声が強いと報道するメディアが少なくない。しかし、それは国民の身勝手な言い分だ。

なぜならば、民主主義体制においては政治の最高責任あるいは最終責任は有権者にあるからだ。政党や職業的代議員候補者は、次の選挙の得票を狙って耳に快い公約を競って並べたてる。その中には実現不可能なものや、始めから実行するつもりのないものが多数含まれる。そしてメディアがそれを無責任に品定めする。それに魅せられて投票する有権者が無責任な政府を作るのだ。

民主主義は有権者が賢明であることを前提としている。有権者が十分に懸命でない場合には民主主義政体は上手く動かない。

つまり民主主義政体においては、政治の水準はその国の有権者以上にはならない。政府がダメなのはその国の有権者がダメだからなのだ。

これは自由市場主義が買い手(消費者)げ賢明であることを前提にしているのとよく似ている。買い手が賢明でなければ自由市場経済は上手く動かず、弊害のみが目立つのと同じだ。

有権者が愚かであれば、民主主義政体は弊害ばかりが目立ちついには政治が崩壊する。その結果として独裁政治を招くこともある。歴史上悪名が高い独裁政権のどれも、最初は有権者の熱狂的支持を受けて成立したことを忘れてはいけない。

民主主義政体においては、全ての責任は最終的には有権者にあるのだ。

ギリシャの再選挙結果

ギリシャの再選挙結果が判明し、財政緊縮派がかろうじて過半数を占める見込みだそうだ。緊縮による財政再建推進派の国々は胸をなで下ろしたことだろう。

しかしギリシャ国民にとってはまだこれは始まりにすぎない。かつてバブル崩壊後の日本の大リストラ時代に流行した言葉を引用すれば、「去るも地獄、留まるも地獄」だからだ。生活苦から緊縮派と反緊縮派の対立が先鋭化して国内が大混乱に陥る可能性もある。

緊縮派はどちらかと言えば生活に余裕がある階層だろうし、反緊縮派は生活に余裕が無く困窮している階層だろう。今後の緊縮財政によって、さらに生活困窮層が広がれば暴動が広がり、政権打倒を主張する者達もふえると予想できる。それによって市民革命が起きれば、ドイツなどの財政緊縮推進派の目論見が崩壊する可能性が残っている。

緊縮の押しつけと、それによる国民生活の困窮を緩和する支援と、緊縮推進派国には難しい舵取りが求められている。ユーロ安による好景気に沸くドイツなどはさらに支援を強化すべきだと考える。

June 17, 2012

白いジェット機

2012/06/17放送のNHKスペシャル 宇宙の渚「46億年の旅人 流星」を見ていると、ほぼ全体が白く塗られた翼の長い双発ジェット機が登場した。何と50年以上も昔に開発製造された高々度偵察機U-2だ。

これはソ連の上空に侵入して写真偵察を行う為、ロッキード社が開発したもので、ソ連の戦闘機が到達できない超高々度(3万mとも言われた)で長距離を飛行できる様に設計された。キューバ危機ではソ連が建設していたミサイル基地の偵察に活躍したとも言われるし、後にはソ連上空で撃墜されてパワーズ事件を引き起こしたりした。ソ連はU-2を撃墜する為に、特別に超高々度用の地対空ミサイルを開発したそうだ。

U-2は日本でも藤沢のグライダー用飛行場に不時着して、「黒いジェット機」騒動を引き起こしたことがある。機体全体が光沢のない黒色に塗装されていたからだ。

U-2は今でも沖縄から北朝鮮の偵察に飛んでいるようで、何度かニュースの映像に出てきたことがあるのは見ていた。しかし、この番組の映像のように細部が分かるものは久しぶりに見た。機体のほぼ全体が白く塗られ、エンジンもターボファンに換装されている。翼弦も少し広いように見える。それ以上に驚くのは、この機体が科学研究用に研究機関に貸し出されて利用できると言うことだ。

かつて最高性能の偵察機として軍事偵察に使われた「黒いジェット機」が、今は「白いジェット機」として科学研究にいそしむ。冷戦時代は遙か彼方になったとしみじみ感じた。

追記;
ロッキード社がU-2の次に偵察機として開発したのはSR-71だ。U-2がエンジンを絞って滑空しながら長距離を飛んだのに対し、SR-71はマッハ3で強行偵察を行う事を目的としたものだ。SR-71もまだ現役のようで、時折ニュース映像に登場する。偵察衛星を補う用途があるのだろう。

これらの他、第2次大戦から冷戦時代にかけてP-36、F-104、C-130など個性的な軍用機を開発したロッキード社は、民間航空機分野でボーイング社に敗れて衰退した(注)が、今はロッキード・マーチン社となり宇宙開発関連でがんばっているようだ。

(注)ロッキード社が「トライスター」で民間分野での生き残りをかけていた時期に発生したのが、「田中角栄2億円事件(ロッキード事件)」で、これが露見して田中氏は政界からの引退に追い込まれた。小沢氏は、その頃既に田中角栄氏の懐刀と言われていたので、このヤミ献金事件にも実務者として関係していた可能性が高い。

追記(2016/12/17);
コメントでご指摘戴いた点の本文訂正を忘れていました。

この機体はご指摘の通りU-2ではなく、英国のイングリッシュ・エレクトリック社製双発ジェット爆撃機キャンベラの米国版B-57の気象観測型であるWB-57です。その姿に見覚えがあったのでU-2と混同してしまいました。

高高度飛行用に各翼を拡大したりしているので、オリジナルのB-57やキャンベラとはかなり姿が変わっています。

June 15, 2012

死刑志願者の動機

死刑志願者による犯罪の動機は単純とは思えない、様々な要素が含まれているだろう。そのような犯罪を防止する為には、複数の要因に多面的に対処しなければならないだろう。

少し考えてみるだけでも要因は多数ある。誰もが閉塞感や絶望感からくる自殺志向をあげるが、自殺そのものにも多数の意味合いがある。生きていることがつらいから死にたいということのほかに、自分を疎外した社会や周囲の人々に対する抗議や報復、さらに自分が置かれている境遇を社会にアピールすることが目的の場合もある。また、自分の存在を社会に知らしめたいと言う思いもあるだろう。

これらの場合には社会の目を引きつける必要があるので、何か社会的衝撃が大きいイベントを行ってからと考えるだろう。その一つが、何の関係もない他人に対する攻撃だと考えられる。面識が無く縁もゆかりもない人物の方が殺しても心が痛まないからだ。特に裕福そうに見えたり、幸福そうに見えれば自分を抑圧し疎外する社会の象徴として憎しみを掻き立てるには都合がよい。

だからこのような無差別殺人は人が集まる場所で起こる。社会に対する衝撃が大きくアピール効果が大きい。また、大勢の人がいれば憎しみの対象に想定できる人も見つけやすい。これが無差別殺人が盛り場で起きやすい理由の一つだろう。

死刑志願の他、盛り場での飛び降り自殺や集団自殺も、社会の注目を引きたいという願望が根底にあるとすれば理解しやすい。

代替エネルギープラント

脱原子力発電所論者の主張には一つ大きな問題がある。それは、代替エネルギープラントの建設には長い年数が必要だという事を故意に無視している点だ。大新聞の論調ですら、脱原子力の政策が決定すれば1年後にも十分な発電容量の代替エネルギープラントが完備するかのようだ。しかし現実は層ではない。だから、無視が故意ではないとすると、あまりにも狭視野で脳天気に過ぎる。

脱原子力発電を進める上でしばしば問題として指摘される、代替エネルギープラントの出力が不安定な点などは、十分な余裕を持った数のプラントを建設すればよいだけのことだ。たとえば、数日間以上にわたって全国平均出力(貯電システムからの供給が途絶える事を想定)が20%に低下する事があり得るのであれば、全体で500%以上の能力を確保して置けば良い。

しかし、それには莫大な費用と広大な土地が必要だ。そして用地の選定や確保、さらに環境アセスメントなどの準備段階に長い時間(通常最低5年)がかかる。前例から見ると、大規模なプラントの建設には構想から商業運転まで10年はかかるだろう。そして今の日本では、必要な数の代替エネルギープラント(恐らく1,000カ所以上)の建設を一気に平行して進めるだけの人材と資金力は、国にも民間にもない。

さらに現状では、原子力発電を止めたままでは国内の景気回復は難しい。電力不足で製造業の稼働が低下したままでは景気が回復しない。「日本の製造業は電力不足で、納期が不安だから発注は避ける方が良い」という風評被害もあり得る。景気が沈滞したままでは、民間資金も税収も減少したままになる。そして、外国金融機関の目が厳しくなり始めている現状では、信用不安を引き起こさずにこれ以上国債を大量に発行することも難しい。

つまり、脱原子力発電を進める為には原子力発電を再開して、十分な電力を供給すること必要なのだ。そして、完成して実力(最大と最小出力、トラブルや定修による停止時間率など)が確認できた代替エネルーギープラントからの供給量に見合う原子力発電所を止めて行けばよい。現在と将来の両方を見据えて進めるには、それが最も良いやり方だ。

June 12, 2012

駅ナカ保育園

何年か前に、駅やそのすぐ近くに保育園を作れば子供を預けてそのまま出勤できるので共稼ぎの夫婦には便利だろうと思ったことがある。最近、少しずつ駅にそのような保育園を作る動きがあるらしい。

保育園や幼稚園の設置には、運動場の確保など様々な規制があるようだが、運動場の定義などに多少の融通を利かせて、より多くの場所に設置できると良い。かつては、骨の成長を妨げない為には日光を浴びる必要があるので、運動場は屋外でなければならない等の規定もあったようだが、紫外線は少しでも有害だという昨今の流行から見れば、屋内運動場であっても良いだろう。

このような保育園の他、都心部の繁華街の駅に駅ナカ託児所があっても良い。買物や夫婦で食事をしたり映画・コンサートを鑑賞する間、乳幼児を預かる場所だ。そのような場所があれば、親と子供の双方とも楽ができる。親は子供を静かにさせておく苦労がないし、子供の方も我慢をする必要がないからだ。

盛り場では賃料が問題になるが、周辺の商店や施設が協力して支援をすれば成り立ちうると思うのだがどうだろう。

絶対に安全、絶対に危険

原子炉だけでなく様々な施設の建設に反対する人たちがいつも口にするのは、「絶対に安全な事を納得できないから反対」という言葉だ。

確かに「絶対に安全」は無い、逆に「絶対に危険」も無い。そもそも何事についても「絶対」などは存在しないのだ。身近なところで例をあげれば、絶対に安全な自動車は存在しない、また絶対安全なドライバーが存在しないのと同じことだ。絶対の安全を求めるのであれば、人間が行っている事の大半は止めなくてはならない。どれも何らかの命にかかわる危険をもたらすからだ。

また、呉との戦争に敗れた越人多くが倭に逃れて倭人の祖となったという中国の伝承がある。その越にあった杞の街の人たちは、落ちてくるはずなど無い空が落ちてくることを心配したそうだ。周辺の村や町のひとたちはこれを馬鹿にして「杞憂」と呼んだ。しかし今の天文学では。空から小惑星が落下する可能性がかなりあると述べている。これは現代の杞憂と言って良いだろう。。

安全に関しては、日々の弛まぬ危険予知活動が危険をどこまでも小さくし続ける。自動車の運転も、大規模なプラントの運転も同じだ。「絶対に安全ならば、安全の見直しなど必要ないはずだ」などと言う言いがかりに惑わされないことが重要だ。

June 11, 2012

死刑が引き起こす無差別殺人

またも起きた死刑志願者による無差別殺人。自殺できず、確実に死刑で殺してもらう為に複数の殺人を行ったと言う。この数年、毎年のようにこのような死刑志願者による事件が起きている。

これは死刑が引き起こした嘱託殺人(自分を殺してもらう)の一種と言っても良いだろう。死刑反対論者にとっては強力な根拠になり得る。もっとも反対論者がこれを、反対の理由として強く主張しているというのは聞いたことがないが。

しかし一方で、刑罰に対する恐怖が犯罪の抑止に効果があることも間違いがない。死刑に対する恐怖から憎い相手を殺すことをためらう者も、数字として出すことは難しいが少なくないはずだ。

死刑が防ぐ殺人がある一方で死刑が誘起する殺人もある。安直な死刑廃止論にも、安直な厳罰化論にも、どちらにも与するものではないが何か対策を考えねばならない。

死刑志願殺人者には死刑ならば楽に死ねると言う思いがあるようにも見える。これは死刑反対論者に対する、死刑は激しい肉体的苦痛を与える物ではないと言う説明が作り上げた物かもしれない。その意味では、死刑志願者は死刑反対論が作った可能性もある。

死刑と死刑反対論の両方が相まって起きる死刑志願者による無差別殺人。自殺の手段として殺される人を出さない為の良い知恵はないものか?

追記:
米国で多発する乱射事件も日本の死刑志願殺人と動機は似ているように思う。なぜならば、彼らキリスト教徒は自殺すれば永遠に地獄に堕ちると物心つく前からすり込まれている。だから自殺する代わりに、確実に警官隊に射殺されることを願って銃を乱射するように見えるのだ。

June 10, 2012

言い回しでできる世論誘導

「~の確率で~が起きる」と言うのと「~か起きる確率は~だ」、そして「~が起きる可能性が~だ」と「~が起きる可能性は~だ」言うのも、それぞれ聞く者が受ける印象がかなり異なる。そして、「も」、「しか」などの主観的修飾語を使うとさらに印象をかえられる。つまり、多少言い回しをかえるだけで確率を高くも低くも感じさせることができるのだ。

これは、特に確率が数百分の1(0.X%)から数万分の1(0.00X%)の場合に顕著だ。メディアがそれを利用すると世論をどのようにでも誘導できる。

June 09, 2012

原子力発電所の限定再稼働には反対

原子力発電所の再稼働は九月末までの期間限定にすべきとの主張がある。しかし、私はそれには反対だ。九月末で運転を停止するのであれば始めから動かさない方が良い。

原子力発電所に限らないが、電気器具のように大型のプラントは簡単にスイッチで動かしたり止めたりできるような物ではない。大規模なプラントは動かすにも止めるにも事前の周到な準備が必要で、事故防止の為に手順を守って行わなければならない。そして起動と停止の操作中は、プラント全体のバランスが崩れているうえ、定常状態にはない機械的ストレスがかかるのでトラブルが発生しやすい。定常運転時よりも数千倍も事故の危険性が高いのだ。これは大規模プラントの運転にかかわる者達には日頃からたたき込まれていることだ。

今回の再稼働を容認した理由は計画停電の回避だと言うが、同じ様な電力危機は次の冬にも、そして来年の春にも予想される。10月始めから停止操作を初めても完全停止には2週間以上かかるだろう。そして11月始めには冬の電力不足に備えて起動操作を始めなくてはならない。それは今後10年近く続く。

なぜならば、どのような方式にしろ大規模エネルギープラントの建設には、それぞれ10年以上かかるからだ。従って、百カ所以上必要と思われる代替エネルギー源の確保には数十年が必要になる。平行して国内のエネルギー需要を減らすとしてもだ。そしてエネルギー需要の急激な抑制は深刻な経済衰退を伴うだろう。しかし安易に起動と停止を繰り返して大事故を招くよりは遙かによい。

だから原子力発電所の期間限定再稼働には反対する。全く動かさないか、今後も継続運転するのかのどちらかにすべきだ。

急な操作は事故の元

自動車運転教習所で教えられる言葉に「急な操作は事故の元」というものがある。言うまでもなく、急ハンドルや急ブレーキを使うとコントロールを失いやすく、事故につながることが多いから、操作は早めから緩やかにしなさいという意味だ。

これは自動車の運転だけでなく様々な事についても言える。

その一つは経済運営だ。現在の世界不況の原因はバブルを制御しようとして急な操作を行った事にあるからだ。もちろん操作をしなければ激突するという、切羽詰まった状態に追い込まれていたからそうせざるを得なかったのは確かだが、その前段にはそうなるまえに早めの操作をしなかった事がある。

実はこれは日本のバブル崩壊についても全く同じ事が言える。あのとき、日本政府はバブルが崩壊し始めるまで全く放置していた。そして崩壊が避けられなくなってから慌てて軟着陸操作を試みた。しかしそれがかえって急激な崩壊をもたらしたのだ。

先年の米国の債券投資バブルが崩壊して起きたリーマンショックについても、今回の国家財政崩壊ショックにも全く同じ事が言える。どちらも好景気は続くと期待して早めに手を打つ事を怠り、どうにもならなくなってからやむなく急激な操作を行った事が原因になっている。

国家財政危機は身勝手な有権者と、そんな有権者に媚びる政治家たちがもたらした者だが、投機バブルはどちらも最新の高度な財政テクニックによる新規な経済システムという金融業界の無責任な主張が回避操作を遅らせた。どの事例も「急な操作は事故の元」の典型的な例なのだ。

同じ事は他の様々な分野についても言える。「急な操作」を回避しつつ物事を進めなければならない。

超光速ならず

実験を詳細に見直した結果、装置の設置に問題があったことが見つかり、再実験ではニュートリノは高速を超えていなかったと発表された。

安心する結果でもありがっかりする結果でもある。安心は、アインシュタイン物理学がまだまだ使え、今までの常識が通用すると言う事である。がっかりは、現在説明困難な課題を解決する糸口にならなかったと言うことである。

科学者には、「使える理論は使い倒す」と言う習性がある。今回の「ニュートリノが高速を超える場合があるかもしれない」という報告が正しかったとしても、物理学者は何かアインシュタイン物理学の範囲内での説明を考えついただろう。それがどんな説明になるのかを楽しみにしていたと言うことは否定しない。

核エネルギーの時代を開いて現代社会に大きな寄与をしたアインシュタイン物理学が、社会的軛になる面も少しずつ見せ始めている。アリストテレス以来、物理学は何回もの大規模拡張を行ってきているが、次の拡張はいつになるのだろうか?

June 08, 2012

被告人の強制送還で無実の立証は不可能?

再審開始が決定された受刑者が執行停止で釈放された。それは当然と言えるが、釈放された受刑者は入国管理事務所に送られ、母国に強制送還されると言う。メディアは帰国できるという事でお祝いムードだが、しかしこれでよいのだろうか?

なぜならば、被告が日本に戻らなければこの再審の裁判がこのまま開始できず、無実の立証が行われない可能性があるからだ。無罪が確定しなければ被告人は国家賠償を請求することができない。

まあこれもうやむやのまま蓋をしてしまうための一つの方法ではある。それでよいのだろうか?

追記(2012/06/09);
欠席裁判で最新を行う事は可能ではあるらしいが、被告人本人の弁明無しで進めて良いのか疑問を感じる。国外退去処分になれば、二度と入国は許されないだろう。結果として、「臭い物に蓋」にならなければよいが。

June 07, 2012

レイ・ブラッドベリ死去

また一人、20世紀のSFとFantasyに多大な影響を与えた巨匠が亡くなった。

訃報を伝える記事に述べられている「火星年代記」の他、「闇のカーニバル」等、SFとFantasyの境界線上の短編を多数残している。私も若い頃には早川SFシリーズや創元推理文庫に収載された作品を読みあさった。I.アシモフのミステリSFやA.C.クラークの哲学的SFとは異なり、今はやりの妖精や魔法を中心にしたファンタジーとも全く異なる、夢と現実の狭間のような不思議な世界が魅力だった。

今はもう古くさいと言われるのだろうが、あのような世界を描いた物語があっても良いと思う。そう言えば、最近は長編のシリーズ物ばやりで、短編小説は少なくなった。当時はF.ブラウンやE.F.ラッセルなど、軽妙洒脱な短編を書く作家が何人もいたのだが。

「柳の下のドジョウ」を狙うシリーズ物と違い、個々の単品で勝負しなければならない短編は、資金効率優先の今の出版社としては商売がしにくいのだろうか。

世論に従うのがよい政治か?

常に世論に従うのが良い政治だろうか?私はそうとは思わない。

民主主義政体においては有権者の投票によって行政がなすべき事が定まる。それが根本原則である。しかし、有権者の選択が常に最善ではなく、むしろそのときの選択として最悪である場合もある。これが民主主義の弱点だ(欠点とは言わない)。そして困ったことに、有権者の多くが自分の選択が最悪である場合もあり得ることを認識していない。その結果、民主主義政体ではしばしば愚かな政治的暴走が起きる。

民主主義政体は、有権者が広い視野を持ち、理性的な判断ができることを前提としている。しかし現実の有権者は感情的で視野が狭く、目先の利益を追い求める傾向が強い。そして容易にメディアの報道に煽られて暴走する。教科書に書いてあるようには振る舞わないのだ。

そして、民主主義政体で政務をになう代議員たちは、選挙で選ばれる為に有権者に迎合し感情を煽る。その結果、必要であっても不人気な政策は放置され、手遅れになって重大な生活困難が生じてもそのままにして置かれる。多くの場合、不具合の責任は政策を選択した有権者ではなく、国民が選択した政策に従って実務を行った行政官に押しつけられる。これが民主主義の現実だ。

かようにして、民主主義政治はしばしば衆愚政治におちいる。それを防ぐのは、不人気であってもなさねばならぬ事をするよう説得する有能な政治家なのだが、それも有権者の愚民の度が過ぎると効果がない。愚者は自分の耳に心地よい言葉にしか耳を傾けないからだ。そしてその政治家は議席を失い影響力も失う。よって、ひとたび衆愚政治に陥った国は国家崩壊に向かって突き進む事が多い。現在その国家崩壊の瀬戸際にいるのがギリシャだ。

それを止められるのは、不愉快でもなさねばならぬ事をするよう訴えるメディアの活動のみだ。しかし今の日本のメディアは、世論世上主義で有権者に媚びる報道しかしない。このままでは、国家崩壊への道を歩んでいる日本を止めることは難しい。

ある日突然、国家崩壊の瀬戸際にいる事に気付いても、日本のメディアと大衆は与党と官僚を非難して何とかしてくれと叫ぶだけだろう。そこへ至る道を、自分たちが選択した事には気づきもしない。それが今の日本の有権者の政治的水準だ。

民主主義政体において、その国の政治の質は、有権者の質以上には決してならない。ある国の政治が三流なのは、その国の有権者が三流だからだ。日本の政治が三流だと叫ぶ者は、自分たちが有権者として三流であることを直視しなければならない。

June 06, 2012

金星の太陽面通過

神戸では明け方から曇り空だったが、06:55頃からは雲が切れて太陽が見え始めた。

2012/06/06 07:15
左側からかけ始めた。

2012/06/06 07:27
完全に内側に入った
飲み物のグラスに着いた気泡のようだ。

2012/06/06 07:39
縁から離れ始めた。

2012/06/06 09:04
時々雲がかかる
露光条件修正

2012/06/06 10:31
ほぼ中間点
カメラ用の三脚を使っている為、
太陽の軸が時計回りに変化している。

2012/06/06 12:07
かなり終わりに近づいた。

2012/06/06 13:30
終わりの始まり。頻繁に雲がかかる。

2012/06/06 13:45
欠けが分かる最後の写真

次に見ることができるのは100年後。どんな世界になっていて、どんな人たちが見るのだろうか?

やはり戦争が絶えず、巻き込まれた民衆が大勢死んでいるのだろうか。
温暖化か寒冷化で人口が減少してはいないだろうか。

我々の世代が描いた21世紀のような、明るい絵が描けそうにもない22世紀。

戦争などせず、その費用を核融合と宇宙開発に集中すればもっと明るい絵が描けるだろうに。だが、戦争をしない国は2流国だから戦争をしたいという若者たち。

June 04, 2012

英国の底力

エリザベス女王在位60年祝賀の川下りをテレビ中継で見た。かつて多くの植民地を支配した時代のような直接的支配力は手放したが、今なお五十数カ国を擁する英連邦の盟主として国際政治に大きな影響力を持つ、英国の底力を見せられた思いだ。

豪華な御座船だけでなく、連邦所属各国の旗を立てた手漕ぎのカッター、そしてドラゴンボートやゴンドラ、レース用のエイトに一人乗りのカヤックまで、多種多様な一千隻の船がテムズ川をこぎ下る様には、船で帝国を築き今なお船に愛着を持つ英国人の誇りがあふれており圧倒された。また、見た目には雑然としているが混乱は全くなく、自分の位置と役割を心得た英国人の大人ぶりにも強い印象を受けた。日本でこのような行事を同じやり方で行おうとすれば大混乱になるだろう。

このような自負と自律性が大陸諸国に依存せず、つかず離れずで自立しようとする英国の外向的態度を支えているのだろう。それを見ると、米国ベッタリの依存的外交を行う日本のあり方は情けなく感じる。

小沢氏は離党しない

野田、小沢会談を巡って民主党の分裂を話題にする向きもあるが、私の見るところでは小沢氏が離党することはない。さらにあけすけに言えば小沢氏は離党できないのだ。

一回目の野田、小沢会談は政府方針を貫く為の儀式であり、二回目は小沢は議員に泣きつかれた輿石氏の顔を立てる為であった可能性が高い。野田氏や民主党の現幹部はとっくに小沢氏を切り捨てているからだ。

いまだに小沢氏が頼りの鳩山氏は置くとして、民主党の現幹部たちにとって小沢氏は無用の長物で利用価値が無くなっている。さらに、党資金を自分に忠実な者達に優先的に配分した小沢氏のやり方に反感を持つ者も多い。従って、小沢氏が自発的離党してくれれば良いと思うものも多いだろう。

小沢氏とともに多くが離党すると予測する評論家も多いが、実際には離党するものは少数に留まるだろう。なぜならば、小沢チルドレンの多くは次の総選挙で選挙区当選することは絶望的で、比例代表名簿の上位に記載されることが唯一の可能性だからだ。さらに、党資金の優先的な配分が無ければ日常活動によって挽回を期することもできない。

しかし小沢氏が離党すれば比例代表名簿の上位に記載してもらう可能性は皆無だ。そして小党の小沢新党では比例代表当選も絶望的だ。だから彼らは小沢氏の離党には反対し、復権を声高に主張するだろう。それしか希望がないからだ。

もし小沢氏が離党すれば、彼らは厳しい選択を迫られることになる。小沢氏についていって絶望的な選挙を戦うか、民主党に留まって他派に参加するかだ。しかし民主党の現状を見れば、たとえ受け入れてもらえても比例代表名簿の上位に記載してもらうことはあり得ない。行くも地獄、残るも地獄というわけだ。

その結果、小沢氏が離党しても追随する者は少ないだろう。その結果、亀井氏同様に政界の表舞台からは去ることになる。そして影響力を失った小沢氏には、建設業界などからの献金も激減するだろう。

それ故、小沢氏が少しでも政界への影響力を残したいと望むならば、自発的に離党することはあり得ない。小沢氏が離党することがあるとすれば、それは追い出されたと言うことだ。もちろん、民主党の現幹部たちはあくまで自発的離党という形をとろうとするだろう。これもまた当然だ。

栄枯盛衰

亀井氏の影がすっかり薄くなった。栄枯盛衰は世のならいとはいえ、その凋落ぶりは著しい。国民新党はオレの党だからオレの言う事に従うと言う思い上がった勘違いの結果で、自業自得ではあるが・・・・・。

もっとも、亀井氏凋落の影響は大きい。煽りを食って、石原新党設立は完全に瓦解し、石原氏は尖閣諸島購入という話題作りに走ることになった。これによって、高く売れる可能性が出たと地主は喜んだだろう。また、石原新党で話題を集めようとしていた群小政党もすっかり忘れ去られてしまった。

彼らの恨みもあって、亀井氏が政局の中央に復活することは難しいだろう。

同じ勘違いは鳩山氏や小沢氏にも言える。あまりじたばたすると亀井氏の後をたどることになるだろう。小沢派も輿石派の色彩が強まりつつあるように見えるからだ。

June 01, 2012

英国の光

このところNHKがBSで英国の映画を連続して放送している。E.Bronte,J.Austin,T.Hardyなど、英国近代の著名作品が原作のもので、どれも寛いでじっくりと見るのには最適だ。

このような英国製映画やTVドラマを見るといつもその色調に心を引かれる。ややオレンジ色を帯びた落ち着いた色調は英国人の好みなのかもしれないが、それよりも緯度が高い英国の自然光の色が反映されている様に感じる。

ヨーロッパには12月の前半に一度訪れたことがあるだけだが、日差しの弱さが印象に残っている。昼下がりでも日本の午後遅い時間のようだったモスクワはともかく、飛行機の乗り継ぎに一日だけ立ち寄ったロンドンでも日本の朝方のような黄ばんだ日差しだった。

恐らく夏でも黄ばみは残り、英国絵画や映画の特徴的な色調になるのだろう。つまり、これが英国人がなじんだ自然の光と言うことだろう。

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