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January 16, 2012

有権者の実力不足;「くれくれ族」と「くれない族」の大繁殖

最近のメディアを見ていると、何でも政府にやってもらいたい。また逆に政府かこれをしてくれないと言う不満が多く、またその不満に好意的な記事が多い。そしてその原因は政治家の指導力不足で、強いリーダーが待望されるという主張が目立つ。

しかし、私はその主張は的外れであると思う。なぜならメディアに於いて「リーダーシップ」や「指導力」とされているのは、他人を服従される能力のように見えるからだ。これは民主主義的な指導者像とは相容れない、独裁主義的な指導者像でもあるからだ。

民主主義の基本は対話と説得である。そして多くの人の意見を聞いたうえで、最適の妥協点をを見いだし、皆がそれを受け入れるよう粘り強く説得するのが民主主義における好ましい指導者像である。しかし今、時間をかけて多くの意見を聞いていると、それだけで指導力不足だと批判されてしまう。

メディアは即決や即断が好みで、それを強引に押しつける政治家を好む。しかし、決断するばかりが政治家の資質ではない。決断すべき時か、決断を避ける時かを見極める能力もまた必要な資質なのだ。俗受けを狙った決断ばかりしているようでは、拙速な判断で大きな誤りを犯しかねない。メディアも多くの有権者もその識別ができていない様に見えるのだ。

それは突き詰めていけば、最終的に有権者の実力不足にたどり着く。この数十年間、国民の多くは政府がしてくれることに慣れきって、良い政治や政府を維持することまで政府に任せっぱなしにし、良い政治家を選ぶことに無関心になっている。それが、無能であるにもかかわらず派手な発言や行動で人気を取ろうとするバラエティショー型政治家をはびこらせてきた。

政治の現状は、有権者に政府にしてもらうことばかり考える「くれくれ族」と「くれない族」がはびこり、優れた政治家を選ぶという自分たちの責任を果たさなくなった有権者の無能あるいは政治的な実力不足が招いたものだ。

有権者が無能な国には無能な政治家がはびこる。

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