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May 2011

May 31, 2011

野党の不作為;不信任決議しかカードはないのか?

野党がまた不信任決議案を出すと力んで見せている。しかし今、不信任決議を出すことに何か国民の利益になる点があるとは思えない。

一方で、不信任決議案を取引材料にするような積極的な政策提案もしていないし、提案した政策を政府に拒絶されている状況もない。いったい何を目的としているのか?

単に民主党を混乱させ事だけが目的であれば、現実に目を向ければ愚の骨頂だと言うことは明白だ。考えられるのは、表向き拒否している大連立に持ち込みたいと言うことだが、それにしても数週間は政治的空白が生じる。被災地は総選挙をできる状態ではないので、不信任決議が可決されれば空白を避ける為という名目で大連立に持ち込めると甘い期待をしているのだろうか?

そのような甘い期待でできた大連立政権は、内部の手柄争いでうまく機能するとは思えない。そんな政権になるのであれば、いっそのこと無理をしてでも総選挙を行う方が良い。

また、小鳩連合も不信任決議が可決されれば自分たちが党内権力をとれると甘い期待をしているようだが、恐らくそれはうまくゆかないだろう。小鳩抜きの大連立のほうが可能性が高い様に見えるからだ。

それはそれとして、高難度も不信任決議を出すと繰り返していれば、終いには出さざるを得ない状況に追い込まれることもある。その結果総選挙になれば野党に政権が回ってくるだろう。今この時点で政権を押しつけられるのは、自民党が最も望まないことだと感じているのだがどうだろう。誰がどうやっても非難を浴びるのは避けられないからだ。

今の自民党に「敢えて火中の栗を拾う」だけの強者が果たしているのか?

May 29, 2011

台風進路予想の問題点

台風2号が、2011/05/29/15:00頃温帯低気圧に変わったとたんに進路予測が途絶えてしまった。

台風でなくなったから台風の進路予想にはなじまないと言うのだろうが、外には相変わらず平均15m/秒の風(アメダスのデータによる)が吹き続けている。まだまだ風の被害が出る可能性はあるし、こちらとしてもいつ頃風雨が弱まるかを判断するため、現在位置と今後の進路予想は是非知りたい。

にもかかわらず、台風でなくなったから予想は出さないという、あまりにも杓子定規でお役所的な進路予想のあり方に苦情を言いたい。

トンデモ科学者の疑問;天文編(ダークマター3)

ナショナル・ジオグラフィックが紹介している最新の説によると、極小のブラック-ホールが日常的に地球を通り抜けているのだという。

この極小ブラックホールは宇宙誕生直後に生まれたもので、質量は自動車千台分ほどで、大きさは原子よりも小さいのだそうだ。あまり小さいので、原子と衝突してもそれを飲み込めずそのまま通り抜けてしまう。従って人間の体を通り抜けても無害だとのこと。また、成長もしないという。

そこでいくつかの疑問が。

  1. これはブラックマターの一部ではないのか?
    宇宙創生時にどのくらいの数が作られたのか見当がつかないが、ブラックホールであるからには質量がある。また、このような小さなブラックホールは、重力レンズ効果で検出することもできない。従ってダークマターの候補にはなり得ると思うのだがどうだろう。
  2. このような量子サイズのブラックホールが原子を突き抜ける際、全く質量を持ち去ることがないといえるのだろうか?
    量子物理学レベルでは、エネルギーや質量の交換は量子単位でしか起きない事になっているが、原子中の量子を吸収して奪い去ることはないのか。奪い去ることが可能であれば、ブラックホールはしだいに成長するし、奪われた原子核は不安定化して放射線を発するだろう。
  3. 極小ブラックホールといえども、宇宙空間に飛び交っている素粒子と衝突し、それを飲み込む事はあるのではないか?
    そうだとすると、この場合もブラックホールは成長する。
  4. このような極小ブラックホールが、恒星や惑星の重力場に捕獲されてその周囲を回っていることはないのか?
    これほど小さいブラックホールは、人類が現在利用可能な観測手段では観測できないだろう。地球の周囲にも多数が捕獲されているかもしれない。
  5. このような極小ブラックホールが集合して、大型ブラックホールのように見えることはないのか?
  6. 極小ブラックホール同士が衝突すると合体するのかどうか?
    銀河中心の巨大ブラックホールは、極小ブラックホール集合体内部での衝突から始まった可能性もある。極小ブラックホール同士が衝突するとどのようなことが起きるかによるのだが。

May 28, 2011

炉心溶融への疑問

今頃になって、福島第一原子力発電所の原子炉では早い時期に炉心が熔けていたと言う。その根拠が炉心温度の時間経過分析結果であるように報道されているが、これにはいささか疑問がある。

というのは、地震発生の翌日、3月12日には一部のテレビ局で「炉心温度が2,300℃を超えた、2,800℃を超えた」と言うような報道も行われていたからだ。それを聞いていたからこそ、「避けられなくなった原子炉崩壊」の記事を書いたのだ。

原子炉で使用される燃料棒はジルコニウム合金で被覆した燃料ペレットをステンレス鋼の菅に詰めた構造のものが多い。ステンレス鋼は1,500℃以下で、ジルコニウム合金も約2,000℃で、さらに燃料であるウランやウラン化合物も1,500℃以下で熔けてしまう。このため、報じられた温度が正しければ、炉心溶融はすでに始まっている。熔けていないのであれば、報じられた温度が間違っている。私はそう判断していた。

その後、報じられる温度は圧力容器表面温度に統一され、200℃台に変わった。そのことから、東京電力が炉心温度測定値は信用できないと判断したのだろうと解釈していた。

しかしここに来て、炉心温度が3,000℃(たぶんこれが測定限界)に達しており、炉心溶融が起きていた可能性が高いと発表した。これは炉心溶融が発生している可能性が高い事を隠蔽するが目的だったが、国際原子力委員会の査察では隠しきれないので公表したという可能性がある。

もしそうだとすれば、その隠蔽指示がどこから出たのか、それは解明しなければならない。もちろん、危急の状況下では測定値の信頼性を評価する余裕がなかったためという可能性を否定はしないのだが。

May 27, 2011

しらけムード

なにやら政界にはしらけムードが色濃くなってきた。

野党の政権批判も最近は中身が無くなり、ただ言ってみているだけと言う雰囲気がつきまとう。不信任決議を出すと言う声も空疎に響く。誰がやっても非難を浴びる現時点では、本気で政権を取る気がないことが反映しているのだろう。

民主党や菅政権に対するメディアの批判も、種切れ、息切れの様相でこちらも疲労感が漂う。一部の新聞社は社説で何とか建設的な提言をと言う努力が見られるが、それもあまり成功していない。

被災者そっちのけの小賢しい政局作りの与党の内輪もめや、政権取りに逃げ腰の野党たち。しらけムードの原因のかなりの部分はこれだろう。

May 26, 2011

梅雨入り

近畿地方は今日(2011/05/26)梅雨入りしたそうだ。例年だと6/10頃の梅雨入りなのでずいぶん早い梅雨入りだ。

梅雨入りまでにもう一度遠出をしたいと思っていたので残念。梅雨の晴れ間を狙って即行で出かけるしかなさそうだ。さて来週の予報はどうだろうか。

May 25, 2011

衣替え

神戸の著名女子校が、今週から衣替えして白一色になった。この学校は制服がワンピースで、冬服の生地が分厚いのでいつも他校に先駆けて衣替えをしている。

生徒たちが白一色のワンピースになると、一気に街が明るくなり夏らしくなる。衣替えも季節を形成するには重要だ。女性たちも、見るからに暑苦しい黒のレギンスやタイツはやめて、夏らしい涼しげな色を身につけてもらいたいものだ。

もちろんサラリーマンの黒服は論外だ。(私が若い頃には、黒背広はヤクザの制服だったので不快に感じるのだ。)

May 23, 2011

世界が終わらなかった日

アメリカ人は世界の終末が大好きなようだ。去年は小惑星の衝突やマヤ歴による世界の終末がブームになった。マヤ歴による世界の終末は、それにヒントを得て作られた映画の宣伝だったようだが、米国では大災害や世界の滅亡の予言に関する話題が尽きない。

今年も、10月に彗星が衝突して世界が滅亡すると言う予言がインターネットでもてはやされているし、人気のラジオ牧師がつい先日の5月21日が「審判の日」だと宣伝していたらしい。この話題はCNNやABCでも報じていたが、この牧師には以前にも「審判の日が来る」と言い立てた前科があるようで、さすがに両社ともからかいを込めた扱いになっていた。曰く、「前回は聖書の記述から審判の日を割り出す際の計算を間違えたといいわけをしていたが、今回はどんないいわけをするのか?」と言った調子だ。

アメリカ人の世界の終末好きは大変なものだが、その根底にはキリスト教の教義があるのだと考えている。キリスト教の教義では、「最後の審判」で救済されて永遠の命を得るためには、神を信じ神に従わねばならない。従って、キリスト教にとって、「最後の審判」が行われる「世界の終末の日」は無くてはならない要素だ。そしてキリスト教原理主義の色彩が強い米国では、物心つく前から子供たちにそれを教え込む。これが「世界の終末預言」に米国人が敏感に反応する理由だろう。

そのため、「終末預言」で騒ぐことは金儲けにつながると思われる。カルト教団やエンターテインメント業界が、たびたび「終末預言」で騒ぐのも理由があるのだ。

日本の街でも「終末の日は近い、神を信じよ」と宣伝しているキリスト教系の集団がある。恐怖を煽って信者を獲得しようとするのは、日本の新興宗教でもよくあることだ。しかし、仏教徒にとっての世界の終わりは43億数千万年先のことだ。しかも、弥勒菩薩がその日の救済手段を考えていてくださる。

追記(2011/05/23);
ナショナル・ジオグラフィック・ジャパンのサイトに、5月23日付けでいくつかの終末予言とその結末が紹介されている。
1.5月21日、繰り返される終末説
2.古代ローマ、繰り返される終末説
3.ロンドン大火、繰り返される終末説
4.ハレー彗星、繰り返される終末説
5.天体の“合”、繰り返される終末説
6.ヘールボップ彗星、繰り返される終末説
7.惑星直列、繰り返される終末説
8.ブラックホール、繰り返される終末説

これらの記事を見ると、近年はキリスト教の教義と似非科学を結びつけた例が多いのがよく分かる。なお、5.と6.は写真が美しいので一見の価値はある。

放射線対策

放射線対策と言っても、原子炉事故による汚染についてではない。電子装置の放射線による誤動作に関することだ。

今回の原子炉事故では、日本が自慢してきたロボット技術が役にたたなかった。ロボット開発を競ってきた各機関や企業、大学もそろって投入に尻込みをした。その理由が電子回路の放射線による誤動作だ。

実はデジタル電子部品の多くは、放射線に非常に弱い性質がある。また、微細度が高く集積度が高いほど弱くなる。これは、放射線で発生する電荷が信号を乱すからだ。このため、集積回路などの電子部品に使用する材料は、放射性物質を含まないものが吟味して使われている。

しかし、原子炉周辺や高空、宇宙空間などでは放射線が多い。このため外部からの放射線を遮断する事が重要だ。この点に関しては、宇宙開発や核戦争を想定した電子装置の開発を続けてきた、米国やロシア、そして核兵器を持つ英仏などが多くの経験をもっているが、非核兵器が国是である日本では、原子炉周辺への放射性物質の漏洩や核戦争後の高放射し物質汚染などの環境を想定した、装置やその部品を開発することが非難されてきた。

その結果、今回の事故では現場で調査に使う装置を輸入しなければならなかった。また、衛星などの探査機器の電子回路故障も多い。これはロボット自慢の我が国としては恥ずかしいことだ。

いろいろ自慢するのも良いが、放射線その他の劣悪な環境下で使える物でなければ探査・調査用ロボットの価値は低い。今後の開発は、強放射線環境、高温環境、高湿環境など、劣悪な環境でも使用できる事を考慮すべきだ。また、そのような環境を想定した開発を非難するべきではない。

人が行けない場所で使えてこそ、探査・調査用ロボットは価値があるからだ。そのような環境を人為的に作らなければよい、あるいはそんな場所に行かなければよいのだからそんなものは不要だ、などと言うのは牽強付会な屁理屈で、それを言い立てるのは恥ずべき行為だ。

May 22, 2011

久しぶりに

寒冷前線通過で激しい雨が降った後の雨上がりの午後、久しぶりに大阪湾の対岸が見えた。泉南から紀淡海峡まで見渡せるのは何日ぶりだろう。

ここのところずっと中国製と思われる(注)スモッグのせいで、4~5kmしか視界がない日が続いていた。この白い靄は、昭和50年頃に健康に悪い、喘息や肺がんの原因になると大騒ぎした光化学スモッグと同じもののように見えるのだが、政府もメディアもこれに触れることは避けているように感じる。

何か触れてはいけない理由があるのだろうか?今大騒ぎしている放射能よりも、生態系や自然環境への悪影響ははるかに大きいと思うのだが・・・・。

注;中国製と考える理由は、風が北よりの場合は視界が良く、西から南西よりの場合は視界が無くなることだ。河南や江南で発生したスモッグが日本にやってくる条件と見事に重なっている。
メディアは有害なオキシダント濃度を報道すべきだ。

追記(2011/05/24);

今日も北東の風が吹き、空気がきれいなので対岸が見えた。これは、摩耶山への登山道の登り口付近から泉南方面を見たところ。左寄りにはコンビナートのタンク群が見えている。
スモッグが濃い日には右側中段に白く見えるT字型の外防波堤が全く見えない。

その手前の黒く見える内防波堤には、大型のクレーン船が何隻も係留されていることが多いのだが、このところは1隻も見えない。大震災の復旧に出払っているのだろう。

May 20, 2011

震災復興は地元主導で

震災復興が少しずつだが動き始めている。これからはさらに復興活動を拡大してゆくよう希望する。

ただ、これについて一つ意見を述べたい。

それは、震災復興の具体策は地元自治体の主導で行うことが望ましいと言うことだ。なぜならば、これまでの大震災はいずれも直下型で範囲が限定されていたので、国が画一的な復興策を定めても大きな問題は無かった。これに対し、今回の大震災はきわめて広範囲で様々に特性が異なる地域を含んでいる。そのため、全地域に亘る画一的な基準や政策は立てることが難しいし、定めたとしても様々な不具合が生じるだろう。

だから国は大枠を定めて資金を準備する事を主任務とし、詳細に亘る復興計画は地元の市町村自治体にゆだねる方が良い。なぜならば、計画規模が小さければ小さいほど、地域の特性に応じた柔軟できめの細かい計画を立て易いからだ。

だから、国は被害の程度と自治体の大きさを勘案して資金を配分することに徹し、詳細計画の立案とその実行は各市町村自治体に任せるべきと考える。

トンデモ科学者の疑問;天文編(ダークマター2)

ナショナルジオグラフィック・ジャパンによれば、新種の放浪惑星が発見されたそうだ。

この記事(銀河系で新種の“浮遊惑星”を発見)によると、発見されたのは木星規模の惑星で、推定では恒星の2倍程度の数がありそうだという。ただし、今回の放浪惑星は重力レンズ効果を利用して発見されたもので、重力レンズ効果では見つけにくいさらに小型の放浪惑星については分からないようだ。

いずれにしても、今まで見つかっていなかった質量が見つかったと言う意味で、これもまたダークマターの(ほんのだが)一部と言えるのだろう。星間分子と褐色矮星までの間には明瞭な境界はない。それら全てを含めれば膨大な質量になるのだろうが、質量はサイズの三乗で小さくなる。ダークマターの一部とは言っても、恐らく大勢に影響するものではないのだろう。

May 19, 2011

中国製光化学スモッグ?

この数日晴れの日が続いているが空気が悪い。山麓の我が家からは、港が白く霞んで外防波堤が見えない。まるで、昭和40年代の光化学スモッグのような風景だ。

気象庁のサイトで見ると黄砂は観測されていないし、黄砂が来ているときの黄みがかった色とも違う。だが靄とも違う。最近は南西よりの風が吹くと常にこの状態だ。

何も発表されていないが、これは中国製の光化学スモッグではないのだろうか?かつては健康に悪いと大騒ぎし、予報や警報が出されると工場や火力発電所が操業を止めたり稼働を制限したりしていたものだ。

光化学スモッグは、放射能にひけを取らずに健康に有害だし、植物や小動物には放射能以上に有害だ。メディアは、放射能ばかりでなく、光化学スモッグについても正確な情報を流してほしい。

May 16, 2011

袋小路の小鳩連合

何とか民主党の実権と党資金を奪還したい小鳩連合だが、袋小路に入り込んでしまっているように見える。野党の一部にあった内閣不信任案提出に乗って、不信任案に賛成するとブラフをかけてみたものの、菅氏からは完全に無視されて、続く手が無くなってしまった形だ。

そもそも、野党にしても今政権につくことは望んでいない。復興が軌道に乗ったところで政権を取りたいと言うのが本音だ。今政権を引き継いだところで、復興政策のあれこれで何かと非難を浴びることは避けられない。それに対し、復興が軌道に乗ってからであれば、その成果を独り占めにできるからだ。

だから、野党から出る内閣不信任案提出の動きは。与党の動きを見るための観測気球だ。それを本当に提出される可能性があるとみて、菅氏への脅しに使い、退陣させようとかんがえたのがそもそも甘い期待というものだ。もし仮に内閣不信任案が可決されても、菅氏が退陣して小鳩連合に政権を譲るとは限らない。衆院解散に踏み切る可能性もある。そうなれば民主党の惨敗は避けられず、小沢氏がもくろむ議席数が多いうちに党資金を握って総選挙前に党を解散し、野党の立場で選挙に挑むと言う手順が成立しない。もちろん、この際に党資金を持ち逃げして、新党設立資金にするのが狙いだ。また、新党の看板で得票を稼ぎたいと言うこともある。

しかし、菅氏にこれらの手筋を読み切られ、野党からも手を結ぶのは損と見放されている。小鳩連合の孤立は深い。

May 11, 2011

ピアノが黒い理由

NHKの番組で、海外に輸出されたり流出したりした日本美術品の特集をしている。その一つを見ていて、ピアノの色が黒い理由が分かった。

桃山時代に日本にやってきた宣教師たちは、日本の工芸品を見てその美しさに驚嘆したのだそうだ。特に、黒漆の上に金粉で描かれた蒔絵や真珠貝を使った螺鈿に魅惑されて、教会の用具を納める櫃を注文制作させて本国に送ったのだそうだ。400年前に送られたこのような蒔絵の聖具入れが、今でも多数残っているという。

これを見た王侯たちもその美しさに魅惑され、特にそれまでヨーロッパにはなかった、黒漆の深みのある黒にあこがれたのだそうだ。その結果、黒漆を模倣する技術が開発され、それがピアノの塗装にも用いられたのだという。日本では黒いピアノは敬遠され気味であるが、西欧では今でも重厚で深みのある黒が好まれているらしい。

いきなり梅雨入り?

寒かった3,4月が過ぎ、5月に入ってやっと初夏らしくなったと思ったら、今度はいきなり梅雨の後半の様な雨が昨日から降り続いている。週間予報でもすっきりとしない天候が続く。おまけに台風まで襲来。今年の気候はいったいどうなっているのだろう?

高層気象図を見ると偏西風の蛇行が無くなり、日本の中央部を直線的に吹き抜けている。地表天気図でも、太平洋高気圧が大きく張り出してきている。梅雨まがいの天候はこのためかもしれない。

6月に入るとまた様相が変わって、北日本の冷害、西日本の干ばつになりはしないかと気にかかる。

May 10, 2011

原発事故が反原発運動に与えたダメージ

今回の福島第一原子力発電所の事故が、原子力発電推進派に大きなダメージを与えたのは事実だが、反対派にも大きなダメージを与えたようだ。ここ数日の主要メディアの論調の変化から、そんな印象を受ける。

震災直後、ヒステリーとも言える反原子力発電運動が盛り上がった。しかしその後の電力制限はそれに水を差した。そして今回の浜岡原子力発電所の停止は、反原子力発電ムードに冷や水を浴びせた。

それは、国民に自分たちの快適な生活と雇用が、いかに原子力発電に依存していたのかという、想定外の事実に目を向けさせたからだと思う。あけすけに言えば、原子力発電か、雇用快適な日常生活か、どちらかを選べと要求されたことを意味する。ここにいたって、国民の多くがどちらか一方を選択するのか、あるいは妥協点を探すのか、それについて真剣に考え始めたのだろう。

結果として、今回の事故は安易で感情的な反原子力発電運動にも大きなダメージを与えた。国民の日常生活と雇用が原子力発電に大きく依存していると言う、不都合で不愉快な事実を認めた上で、理性的な運動に転換を図らなければならない。かつてのように、反政府運動に利用するためというのは論外だ。

原書力発電は地球温暖化を防止するために恐らく不可欠の手段だ。自然エネルギーも大規模に利用しようとすれば、大きな環境や生態系の破壊を伴う。全世界の人間が、現在の先進国の生活水準を享受しようとすれば、高密度エネルギー発生施設が不可欠だ。それを手に入れるため、人類はまだ原子力発電以外の実用可能な答えを見つけていない。

どんなに考え抜いても、想定外の災害や事故は起こりうる。原子力発電に限った話ではないが、KY活動や改善活動で教えられるとおり、これで十分と言うことはない。毎日のように加わってくる新しい情報を用いて、問題が有ればそれを素直に認めて継続的な見直しを行わなければならないのだ。

どこからはじめても良いが、PDCAを継続して改善サイクルを回し続けよう。原子力の安全な利用のためにも、脱原子力のためにも、そうしなくてはならない。

May 07, 2011

自然は常に想定を超える

これまでの歴史を調べてみれば、どんなに知恵を絞っても自然は人間の想定を超えてきたことが分かる。そしてその都度人間社会は手痛い被害を被ってきた。その事実をかみしめておくべきだ。

後になってから、評論家や批評家は想定できたはずだったと非難する。しかし、所詮それは後知恵というものだ。たとえば、古代文明のいくつかが衰退・滅亡した原因は、耕作や森林伐採等によって引き起こされた環境破壊だと言われている。しかし、それも今だから言えることであり、当時の人々には人間がそれほど環境を変えてしまうなどとは想像できなかったに違いない。実際、20世紀の半ばを過ぎてもまだ人間はそれに気づいていなかったし、今もなお信じようとしない人たちも多い。

結局のところ、自然は最も安全側で考える人たちの最悪の想定さえ超えてきたのだ。災厄をもたらす自然の力はいつでも想定を超え得る、災害対策はそれを前提として建てなければならない。しかし、人間は不都合なことは信じたがらないし、超えられることのない想定が可能だという、好都合な考えにしがみついている。

たとえば、津波対策として日本の海岸線全てに高さ50mを超える堤防を築けば、確かに津波がそれを超える可能性が小さくなりはするだろう。しかしそれを超える津波があり得ないことにはならないし、想定外の理由に依って破壊されることもあり得る。また、そんな堤防を全海岸線に張り巡らすには膨大な費用がかかるし、維持費用も巨額になるだろう。だから経済的な現実性はない。また、そのような巨大な堤防の建設自体が環境破壊になり、景観や生活環境を大幅に損なうだろう。

だから堤防は小規模にとどめ、高所への避難を迅速に可能にする、あるいは津波で水没しても生存できる設備(シェルターと言って模様だろう)を等を整備する方が賢い。

日本でも、江戸時代の洪水対策では、堤防の建設以外に遊水池や水屋など、洪水を押さえ込むのではなく受け流す対策がとられた前例もある。住民の生命の保護の他、発電所や港湾施設、その他の重要インフラについても、押さえ込むのではなく受け流すという考え方も用いるべきだと私は考える。

May 06, 2011

トンデモ科学者の疑問;天文編(ダークマター)

NHKの番組中の解説によれば、ダークマターには重力を発生するだけの質量はあるが、通常物質とはほとんど衝突を起こさないほど小さいそうだ。それほど小さいため、観測可能な電磁波の散乱も起こさないのだろう。

ダークマターの本質については今まで様々な考え方が示されてきたが、どれも観測結果を完全に説明できなかったそうだ。

見えないのではなく、見えているが認識できないのでは?

振れる風向き

ビンラディン暗殺についての風向きが変化し始めているようだ。

米国の発表直後にはそれを賞賛するように見えた国際世論だが、その詳細が明らかになるにつれて批判へと振れ始めている。理由は、パキスタンの主権を侵害する軍事作戦であったこと、死体を海へ投棄して水葬と称したこと、さらに武装していなかったビンラディンを殺害したことなどだ。

イスラム圏の反米感情も高まり始めたようだ。このままでは、国際世論の反発で米国にとって暗殺前よりも悪い状況になりかねない。何らかの融和策が必要なのだろうが、それは何か?反独裁運動への支援も、細心の心配りは求められる。キリスト教的価値観や正義感に基づく行為は、反発を招くだけだから。

May 05, 2011

安藤美姫と浅田真央

安藤美姫と浅田真央の立場の逆転がネットを賑わせているようだ。それについて、浅田真央を批判するもの、擁護するものの間の応酬も大変なものがあるようだ。

しかし、浅田真央が脚光を浴びている間、安藤美姫は年齢の壁に苦しんでいた。そして、安藤美姫は年齢の壁を抜けて復活したが、浅田真央は今そのまっただ中にいる。

それだけのことだ。

二十歳前後の数年間、女性は体の質が変化する。入学したばかりの女子大生は子供子供した体型だが、卒業する頃にはすっかり大人の体型と雰囲気を身にまとっていることでも分かるだろう。

その間、持久力、瞬発力、筋肉の反応速度なども変化する。それが、それまで頭の中に作り上げてきたイメージと、実際の体の動きとの間のずれを生じる。その原因が体重の増加や練習不足にあると勘違いして、不適切な減量や過剰な練習を行うと故障を繰り返して思うような競技ができなくなる。その結果、精神的に挫折したり、致命的な故障を起こしで競技生活を続けられなくなって表舞台を去る者が多い。これが年齢の壁の正体だ。

(実は男性もこの時期に変化はするのだが、より逞しくなる方向の変化が主になるので年齢の壁とは言われない。)

浅田真央がこの時期を抜けるには、まだ1年はかかるだろう。その間は焦らずに、体の変化に合わせてイメージを修正する練習に重点を置くと良いだろう。無理は禁物だ。だが、その間になすべき重要な課題がある。それは、壁を抜けて大人になった浅田真央の何を魅力としてアピールするのかと言うことだ。

15~16歳までは子供の可愛らしさだけで押し通せるが、ハイティーンになればそれだけでは不足だ。大人になればさらにまた別の要素が必要だ。これまでも、歴史に名を残す名選手は、うまく自分の特性をアピールしてきた。

ペギー・フレミングは優雅さをアピールして成功した。荒川静香もまた同じだ。ジャネット・リンは小柄な体を生かしたスピード感と笑顔で、カタリーナ・ビットは逆に大柄な体のプロポーションを生かした華麗さと力強さで、それぞれ観客を魅了した。そして、安藤美姫は容姿を生かした妖艶さを選んだようだ。

大人になった浅田真央が何を選ぶのか?十代後半、浅田真央はキュートさを選び、キム・ヨナはコケットリィを選んだ。この時期、浅田真央がキム・ヨナの後塵を拝することが多かったのは、技術の問題ではなく選んだポイントをどう具体的にアピールするのかというプロデュース力の差だったといえる。

壁の時期を抜けた浅田真央がどう復活するのか。これはコーチや振り付け師、衣装デザイナーなどを含めたチーム真央のプロデュース力にかかっている。有能なプロデューサーをチームに入れることを考えても良いだろう。

もっとも、今の日本にはソロプレーヤーの売り出しで実績があるプロデューサが見あたらない。アメリカを探すべきかもしれない。

May 04, 2011

そしてだれもいなくなった;手詰まりの菅降ろし

主要紙のサイトを見比べて分析すると、「菅降ろし」が進まない理由は、現時点での政権継承を望む者がいないこと、そして菅氏を超える手腕を期待できるものがいない、この2点につきるようだ。

小泉政権時代、小泉氏はメディアを利用して有能な政敵を全て葬った。ほとんどのメディアがそれに協力したのは記憶にあるとおりだ。そのため、自民党からは政権担当にふさわしい人材がいなくなった。小泉氏が言ったとおり自民党は「ブッ壊れた」のだ。結果として、その後の自民党政権は醜態をさらし続けた。唯一の実務家であった福田氏は、「大衆に人気がない」という理由で党内の支持を受けられなかった。

そして、各メディアが反自民キャンペーンを繰り広げたが、メディアが支持した民主党は政権継承の準備ができておらず人材もいなかった。そして現在の「菅降ろし」だ。

しかし、まだ復興が軌道に乗っていない現状では、政権を引き継いでも何かにつけて非難を浴びることは避けられない。復興が軌道に乗ってから政権を引き継ぐ方が得策と見るのは、今の政治家気質からは当然だ。軌道に乗ってからであれば、成果を自分のものにできる、だから自民党その他の各野党は政権参加への呼びかけからは逃げるのだ。

そして民主党内にも、腹をくくった菅氏以上に課題を処理できると、衆目が一致するだけの人材はいない。故に「菅でなければ誰でも良い」と小鳩連合が期待する「菅降ろし」は進まない。

小鳩連合のもくろみは、総選挙で議員数が減る前に党の実権を奪って政党助成交付金を独占する。その上で選挙で勝積み込みのない民主党を解散して、持ち逃げした政党交付助成金を元手に新党を結成することだ。だから、小鳩連合にとっては今回の震災は「菅降ろし」の神風と見えたろう。しかし、震災によって日本の現実を直視し始めた一流紙はそれに逆風を送った。このため小鳩連合は今回は挫折した。

しかし、産経新聞以下の二三流メディアは相変わらず「菅降ろし」のキャンペーンを続けている。理由は「菅氏には人気がない」からだそうだ。しかし政治家が人気を集めなければならない理由が何かあるのだろうか?

大震災から学ぶべきこと;温故知新

今回の大震災が教えてくれたことの一つ、それは誤った「温故知新」は有害だと言うことだろう。

災害の予測だけには限らないが、専門家たちは過去の記録や痕跡を調べてどのようなことがあり得るのかを予測する。しかしそれは、「たかだかこのぐらいは起きうる」という形になりがちだ。そしてごく希にではあるが、それをはるかに超える災害が発生すると、「想定できなかった」と釈明することになる。

そのような事態にならぬためには、「少なくともこのぐらいは起きうる」と考え、それに基づいた予測の上限を拡張することだ。

しかし注意すべきこともある。このような災害が発生すると、普段から物事を大げさに言い立てて注目を受けようとする専門家がしゃしゃり出てくる。そしてやはり注目を引きたいB-C級メディアがそれを賞賛する。これは不安を煽るだけで有害だ。それは、証拠に基づいて判断した「少なくともこれぐらい」とは区別しなければならない。

また現代の風潮として、「起きないかもしれない不都合なことは起きないこと」にしてしまう。その原因の一つは、「経営効率化」による経費の出し惜しみだ。「物言う株主」である「投資家」がそれを要求するので、経営者としてはやむを得ないという主張もあるだろう。しかし、投資家は不都合があれば投資先を変えれば済むだけだが、従業員や影響を受ける一般人はそうはいかない。経営者は「投資家」に対する以上に従業員や一般人への責任を優先させなければならない。

さらに言えば、株主にも、経営者にその選択を強いたという点で連帯責任がある。「自己や災害で損害を受けたので救済を」と主張する株主もいるがそれは筋が通らない。株主にも経営責任はあるのだ。

核物理学の経験則、「禁じられていないことは強制される」と同様に、災害も「禁じられていないことは必ず発生する」、そう考えることが全てのものに求められている。また、「記録は破られるためにある」と言う言葉は、スポーツ同様に災害にも適用されると言うこともだ。

May 03, 2011

ビン・ラディン死す、しかし・・・

米国がビン・ラディンの暗殺に成功したと発表した。しかし、今更の感がある。

なぜならば、対米破壊行為の中心がすでに拡散し、彼が総指揮官の時代ではなくなっているような気がするからだ。反米組織はそもそもが統一されたものではなく、共感をともにするだけの連携体のように思えるからだ。言ってみれば、反米感情という胴体から生えたヒュドラの頭のようなもので、切っても切っても後から生えてくる。そう思えるのだ。

さらに、彼の遺体を海に流したということで、またイスラム教徒の反感を買ってしまった。墓が殉教者の聖地化するのを恐れたのだろうが、異教の感情を簡単に無視する米国キリストの原理主義的欠陥がまた現れたといえる。

対米破壊活動は千年以上続いている宗教戦争の一部だ。ユダヤ教を含めた三宗教が、異教への寛容性を身につけない限り、まだまだ終息しないだろう。

各宗教の教義に、異教への不寛容が教義に含まれている現状では、恐らくまだ何百年も続くと考える方が良い。

クールビズ=衣替え

昭和30年代まで、職場にエアコンがなかった時代、事務系のサラリーマンは6月1日になると一斉に「開襟シャツ」に衣替えした。例外は自宅に社用車や公用車の迎えが来る高級サラリーマンだけだった。彼らは外部からの来客の応接をしたり、他社や官庁の高官を訪問したりするからだ。

その後、大企業のオフィスにクーラーが普及するにつれ、夏は上着や膝掛け毛布がなければ寒く、冬は上着を脱ぎ半袖でちょうどいいほど暑い、それが一流企業のオフィスだという雰囲気が広まった。これはしだいに中小企業のオフィスやサービス業にも広まり、社会的に定着した。

これは今でも続いており、石油ショックなどのエネルギー危機があると短期間だけ様々な夏服による執務が提唱されたが、どれも定着しなかった。その理由の一つは、衣料品業界がビジネスチャンスと飛びつき、奇妙な新型衣料品を振りかざしたからだろう。そのような新デザインになじめない多くのサラリーマンは、結局身になじんだスーツの方が落ち着くとして戻ってしまう。これが長続きしない最大の理由だ。

衣替えを定着させるには、奇抜ではない夏服を普及させることだ。かつての一般サラリーマンの夏の制服だった開襟シャツに匹敵するものは何か?それが必要だ。

May 02, 2011

学者多くして・・・・

「船頭多くして船山に登る」という言葉があるが、私の見るところでは「学者多くしてこと決まらず」というのも真実だ。

何かある度に、「何とか諮問委員会」や「何とか会議」が作られ、学者をはじめとする「学識経験者」が集められる。しかしほとんどの場合議論ばかりで物事はなかなか決まらない。

その理由は単純だ、集められた「学識経験者」が政府に対する影響力を強めるため、自分に有利な説を通そうとしてまとめる気がないからだ。これは遙か昔からの日本の伝統と言っても良い。貴族政治から武家政治に変わったのも同じ流れだ。

今回の「震災復興会議」も恐らく同じになるだろう。このようなプロジェクトでは「学識経験者」よりも「実務担当者」(できれば「実務経験者})の方が役に立つ。もっとも、「実務経験者」ほとんどは地方公務員と民間ボランティアなので、これはこれで恐らく「政治主導に反する」として批判されるのだろう。

それにしても、与野党の政治屋さんたちの無責任なこと。今度は「決死隊を送れ」ですか。自分が指名される可能性がなければ何とでも言える。特攻を命じた政府や軍の高官と同じ体質だ。

May 01, 2011

政治家による政治を

毎日新聞がコラムで現在の政治家たちの軽薄ぶりに苦情を述べている。

記事;反射鏡:被災地の痛苦と政治家の軽薄=論説委員・小松浩


詳細はそちらを見ていただきたいが、私も大衆向けメディアに迎合して人気をとろうとする与野党の議員たちの、無責任と軽薄ぶりにはうんざりしている。(さらに言えば、そんな議員たちに取り入って学会での立場を強めようとする学者たちにもだが。)

政治屋」や「政局屋」ではなく、「政治家」による政治を望みたい。それが正しい「政治主導」というものだ。

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