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June 2010

June 30, 2010

ワールドカップの成果

残念ながら日本のワールドカップは終わってしまったが、日本代表はこれまでになかったような試合を見せてくれた。特に大会前の強化試合とは全くの様変わりだった。

ここしばらく、日本代表チームは勝利への執念に欠け、無気力とも言えるプレーが目立っていた。しかし本大会では、ゲームセットまで粘り強く気迫に満ちた試合を見せてくれた。何がきっかけでこれほどの変貌をとげたのか。大会前に全員ミーティングで話し合ったと聞くが、その結果開き直って集中できるようになったのかもしれない。

日本が優勝を目指すにはまだまだ得点力の向上などの課題はある。しかし、国内試合でも対外試合でもこのようなプレーを続けてくれれば将来に希望が持てる。また、低下の一途だったサッカー人気も回復するだろう。

June 29, 2010

普天間基地;県外移設を実現できる党はあるのか?

普天間基地移設問題で、各党はこぞって県内移設反対を叫んでいる。

中でも、自民党が県内移設反対と民主党を非難しているのにはあきれる。そもそも現行案は自民党政府が米国と取り決めたものだから。

それはそれとしても、現実の問題として普天間基地を県外移設できる党があるのだろうか。私にはあると思えない。事ここに至っては、選挙目当のお気楽反対では問題解決の役にたたない。各党とも、県外、そして国外への移転の実現のためにどう筋道をつけるのかを真剣に考え、そして提案してもらいたい。

議論を始めよう;財政と福祉の再建

簡単には解決できないことがわかりきっている国家財政と福祉の両立。これまでは各党とも硬直的な主張ばかり並べ立ててきた。しかしこれではいつまで経っても問題が解決できない。国家財政と福祉の双方か危険な領域に入り始めている今、双方の立て直しについて中身のある議論を始めるべきだ。

財政の再建も福祉の再建もどちらも待ったなしであることについては、既に国民の多くが気づき始めている。従っていかにして、あるいはどのような手順と段階を踏んで行けば、双方を両立させる再建を行うことができるのか、このことについて公開された場で、誰でもが参加できる形で議論し、合意を形成する努力を行うべきだ。

党利党略や選挙戦略は置いて、実現可能な方策を追求する議論を始めて欲しい。猶予期間が残り少なくなってきていると考えるので、2年ほどのうちに国民の合意が得られる進め方をまとめる事が望ましい。

政治家達も、公約の変更は許されないなどと脳天気なことを言っている余裕は無いと知るべし。

June 28, 2010

偉そうにしたがる人たち

最近目につくのがやたらに偉そうにしたがる人たちだ。

政治の世界でもネットでも、高飛車に決めつけるような発言が多い。見下されるのが怖いから、ことさらにふんぞり返った偉そうな発言で先手を打とうとするようにも見える。

そんな印象を持ってみるせいか、なにやら滑稽で哀れに見えるのだが、皆さんにはどう見えるのだろうか?

June 27, 2010

甘い処分でお茶を濁す

やはり甘い処分でお茶を濁そうとする調査委員会。

始めから名古屋場所開催の口実にするための処分を検討していたとしか思えない。これでは賭博とも、暴力団とも縁は切れない。

June 26, 2010

「つぶやき」か「さえずり」か

今流行の「ツィッター」だが、私が「twitter」と聞いてまず頭に浮かぶイメージは「(小鳥の)さえずり」、「(小鳥がさえずるように一人で)べらべらと喋る」と言うことだ。どちらもその背景に「一人で浮かれて」という事を連想し、「軽薄」に繋がるので良いイメージではない。実際、興奮して一人でまくし立てる者に「何を一人でさえずっているのか」と言って、たしなめる場面も英米の文学作品では少なくない。

これでは印象が悪いので「つぶやき」という訳語にしてのだろうが、さてあなたは「つぶやく」のか「さえずる」のか?どちらにしても、一方通行の垂れ流しという印象はつきまとうのだが。

もっとも、それを言えばこのブログも同じだが。

財政出動と企業経営

日本でも長く続いてきた市場原理中心の自由経済体制の中で、企業経営は国家の財政出動に大きく依存するのが当然になったように見える。

個人については何かにつけ自己責任が言われる一方で、金融・証券業界については経営が傾けば国家支援に酔って救済される。そしてそれが当然となった中で、金融・証券業界の経営者や市場への参加組織(いわゆるファンドや機関投資家)にモラルハザードが起きてはいないだろうか。同じ事は他の業種についても言える。大企業は社会的影響が強いと言う事で危機に際しては国家資金によって救済される。

その一方で、そのような企業の役員は巨額の報酬を受け取り、国家救済を受ける状態に立ち至っても個人資産を保持したまま退任するだけで済む。さらにそうした役員達は、景気が上向けばまた他の企業で役員として巨額の報酬を受け取る。つまり、特定の集団の中だけで巨額報酬を得る地位が独占されている。

こうしたことの全体が大企業役員達のモラルハザードを生み、大不況をさらに深刻化させているのではないだろうか。そしてこうした財政出動が、実質的に一部の集団が外を得る手段の保証するものとして食い物にされていないかどうかを検証してみる必要がありそうに思う。特に、常識として行われている財政出動が国家財政を危機に直面させている今、不況脱出手法としては発想の転換が必要なのではないだろうか。財政出動のあり方として、企業救済ではなく、直接的雇用創出に国家資金をつぎ込む形はありえないのだろうか?

今の経済学者達の多くは、大企業経営者(役員)の立場で理論を組み立てている者が多い。だからこうした観点から研究する経済学者はほとんどいないだろう。かつては社会主義系の経済学者やリベラル系の経済学者も大勢いて、自由市場主義系の経済学者と論戦を戦わせ、互いの理論を磨きあっていたのだが。

皆が同じ視点からばかり見ていては、陰に隠されたものには誰も気づかない。隠れた不具合やリスクを見つけるに、多くの異なった視点が必要なのだ。

June 25, 2010

またも尻尾切り

賭博問題で混乱する相撲協会だが、調査委員会は琴光喜の解雇だけで事を納めようとしている様子だ。

毎度毎度の隠蔽体質とトカゲの尻尾切りは、今回もまた改まりそうもない。また、それを支える横綱審議会や今回の調査委員会。やはり身びいきで甘い事にはかわりがない。

警察も真の標的は暴力団だから、賭博常習者は一部を除いて起訴猶予にするだろう。いつまで経っても相撲協会の大掃除は絶望的だ。

またも見捨てられる大阪

大阪を支えてきた代表的企業がまたも大阪を見捨てた。

りそなHDが株主総会で、本社の東京移転を議決したそうだ。また、大阪の地盤沈下が進む。長年続く大手企業の大阪脱出に対して橋下氏はなんの手も打とうとはしない。ただ、自分の権力を強めるための行動にばかり夢中になっている。

ひたすら権力だけを求める橋下氏の行動は、あの阿久根市長と本質において変わらない。大阪都構想よりも、伊丹廃止よりも、ただの地方都市に成り下がりつつある大阪の、日本の経済中心としての復権に打ち込むべきだ。

June 24, 2010

実現不可能な公約は要らない

いよいよ選挙が始まった。例によって各党は耳に心地よいスローガン(選挙公約)を並べている。

しかしよく考えると、一体どうやって実現するのか、具体的な手順の見当がつかない公約も多い。去年の総選挙で民主党は、それまでの慣例に倣って実現可能かどうかを考えず、いろいろ並べ立てた。私はそれを見て、実際に政権を取る事を考えていないのではないかと言ったものだ。そして予想通り鳩山氏は大恥をかいて退陣に追い込まれた。

万年与党と万年野党の並立した時代は、実現不可能な公約を並べていても問題は無かった。しかし今はもうそうはいかない。公約に掲げる項目は実現までの手順を考え、公約同士が競合したり相反していないかもチェックする必要がある。

去年の総選挙で失敗した有権者の一部は、今度はそこに目を向けるだろう。相変わらず空気を読んで勝ち馬に乗ろうとするものは多いだろうが、有権者も変わって行かなければならない。

June 23, 2010

立場が変わって

小泉・竹中改革の推進者達もすっかり立場が変わって、今やすっかり抵抗勢力になったようだ。

メディアがもてはやした改革もすっかりメッキがはげ色あせたばかりでなく、次々と弱者切り捨ての弊害や特定勢力に対する利益供与の構図も露呈してきている。メディアの取り扱いもすっかり逆になり、それに不満を持つ改革推進派が異議を唱えているという現状で、かつて小泉氏が反対派に浴びせた抵抗勢力という呼称がぴったりと当てはまる。

小泉氏自身が言ったように、具合が悪ければ後で修正すればよい。今はその修正を行うべき時だと思う。

海流の変化?

ここ数年、山陰地方近海でニシンが獲れ始めたという(記事)。これは日本海での海流の変化を反映しているのだろう。

最近勢力が強まったと言われる対馬海流が周辺の低温水を引きずるため、沿海州沿岸を南下するリマン海流の末端から対馬海流の下に潜り込む低温水の流量も増加しているのではないだろうか。そして、この流れに乗って回遊してくるニシンが増えたため、漁獲量が増えたと考えると分かりやすい。

June 22, 2010

中国は日本の昭和30年代に相当する

中国で労働争議が頻発している。

その様子は日本の昭和30年代を思わせる。当時の日本では、戦後の混乱が静まるにつれて経済成長が早まり、それとともに都市と農村の経済格差が拡大し始めた。この為、農村から都市への出稼ぎが急増した。一方で企業は増大する生産に対応するための労働力を農村部に求め、農村の若者が集団就職で都市に流れ込み続けた。

こうした状況の中でインフレも拡大し、下級労働者の生活が困窮し始めた。この為賃上げ要求が次第に強まり、激しい労働争議が頻発した。そして労働者の権利意識が強まり、そこにつけ込毛とする政治勢力の煽動で長期ストライキが増え、次第に企業と労組の双方が疲弊していった。

その反省から、昭和40年代に入ると多くの企業と労組が協調路線へと転換していった。労組がストを打たない見返りに、企業は最大限の賃上げを行うと言う訳だ。これは労働者の賃金の上昇をもたらしたが、昭和50年代に入ると今度は労組の形骸化と労組幹部の労働貴族化を引き起こした。そして昭和60年代のバブル期以降、空洞化し企業の労務管理の一端をになうようになった労組は、労働者を守る力も意欲も持たなくなった。

これが平成に入ってからの、労働者の市場化による不正期労働者の増加の原因の一つになっていることは間違いがない。派遣労働を流行のスマートな働き方と賛美したマスメディアもその共犯者だ。

日本に於けるこの経過は、産業革命以後のヨーロッパでの経過と同じであり、おそらく中国も今後同じような経過をたどるだろう。中国での生産に対する依存度の高い企業はこれを計算に入れておくべきだ。また、今後各途上国も今後次々と同じ経過をたどるだろうし、その速度が今後はますます早くなるであろう事も当然予想しておかなくてならない。英国が200年近く掛けてたどった道を、日本は50年ほどで駆け抜けたことを忘れてはいけない。

ひき逃げの厳罰化

ひき逃げの遺族が、飲酒ひき逃げの厳罰化要望書を法務大臣に提出したと報じられている(記事)。大いに賛成だ。

以前、飲酒運転を厳罰化してもひき逃げも厳罰化しなければひき逃げが増えるだけだと指摘したことがある()。当時のマスコミの質問に対して、警察庁は処罰のバランスが取れなくなると反論していた。しかし、実際に酒気帯び運転で事故を起こし、酒気が抜けてから自首するという行為が横行している。

警察庁は誤りを認めてひき逃げの厳罰化を行うべきだろう。逃げ得を減らすためには、ひき逃げの罰が飲酒運転より重くなければならないのは明白だ。

不祥事処分の違い

大麻常習;相撲の伝統にはないから解雇処分。

ヤクザ賭博の常習;相撲の伝統だから注意処分のみ。
ヤクザとの交際;無しでは興行ができないから降格処分のみ。

泥酔して暴れる;相撲の伝統にはありそうだが・・・・・。少なくとも日本の伝統ではあるぞ。

June 21, 2010

公約を読みますか?

読売新聞社のウエブサイトで「選挙公約を読みますか」というアンケート調査をしている。まだ途中経過だが、これを見ると約3/4が読むと回答している。

しかし疑問が湧いた。果たして読むと回答した全員が対象政党の公約文書そのものを読むのだろうか。読むといった人のうちの多くが公約文書そのものではなく、新聞社や放送局の解説付きの要約だけを読んでいるのではないだろうか。少なくとも私はそうだ。

このような要約や解説は各メディアの考えに基づく色づけがされている。私はそれを念頭に置いて読んでいるのだが、皆さんはどうだろうか。色づけを念頭におかず無批判に読むと、結果としてメディアの誘導に踊らされることになりかねない。少なくとも、過去数回の選挙ではメディアに踊らされたのではないか考えたくなる結果が出ている。

次の選挙では、有権者がメディアの誘導に乗らずに、各人自身の判断で投票してもらえればと願うのだがどうだろう。

釣り合いを欠く力士への処分

今回の賭博騒動を見ていると、力士に対する処分に一貫性と公平性が欠ける様に思う。

先般の朝青龍に対する非難の合唱、さらにその前の大麻騒動での外国人力士の解雇、これに較べると今回の常習賭博に対する処分は軽すぎる。

相撲協会と日本人の一部にある外国人差別感情に根ざす、身びいきで不公正な処分と言いたい。常習者は解雇、その他は程度に応じて1~数場所の休場とすべきだ。

大勢を処分すると場所が開催できないというのは、軽い処分とする理由としては不十分で不適切だ。親方を含めて公正で厳重な処分を行い、残った力士だけで場所を開催すべきだ。その方が相撲協会が悔悛を表すにはふさわしい。

それにしても横審委員達は無言の行を続けている。大相撲の品格云々を偉そうに言っていたのは、やはり外国人差別だった様だ。土俵は神聖な場所というのも最早白々しい。とっくの昔に、力士達によって汚されていた訳だから。

選挙の争点は何?

次の参院選の政策的な争点が見あたらない様な気がする。

民主・自民とも枝葉末節な非難を投げ合うばかり。メディアもまた、水面下の党内勢力争いに関することが多い。小泉郵政改革の巻き戻しは粛々と進むが、表だってこれを非難する大手メディアはない。

選挙を押しのけてサッカーの大見出しが一面に踊る・・・。このしらけた雰囲気を打破するには何が必要なのだろうかと、考え込んでしまうこの頃だ。

June 20, 2010

政策のパクリは昔から

自民が主張する消費税増税を、菅首相がパクッたと自民党側から非難が出ている。

しかし自民党も人のことを言えた柄ではない。なぜならば、自民単独長期政権を支えた物の一つが野党政策の取り込みで、野党の主張を少しずつ素知らぬ顔で取り込み、自分たちの政策としていたからだ。

野党の主張のあれこれを官僚達に検討させ、何かにかこつけて少し変化させた形で実行する。こうしたやり方で、野党は体よく自民党に利用されていたのだ。

野党の主張であっても、自分が利用できる物は利用する。これは昔から政治の世界の常道で、今更あれこれ言うのは子供じみて馬鹿馬鹿しい。

June 18, 2010

蓮舫氏変節?

「2位では駄目なのか」で話題を呼んだ蓮舫氏が意見を変えたらしい(記事)。

「1位を目指すのは当然」とのことだが、スーパーコンピューター計画が目指していたのは「1位になること」ではない。目指していたのは今後の基礎科学や先端科学の計算で「必要な能力を持つ」コンピューターを建設することであって、それが「結果として1位になる」と言うことだ。「1位を目指すことと」「結果として1位になる能力を目指す」とでは全く意味が違う。

米国防総省はソニーのPS3を4,000台連結して安価な小型スーパーコンピューターとして使っているらしい(関連記事)。手軽に使えるスーパーコンピューターとしてはそれで間に合う場合もあるのだろう。しかし大規模なシミュレーション計算にはとても間に合わない。信号伝送速度の限界から、連結して使える台数には限度があるからだ。そのためにはより高速大容量の新規CPUが必要だ。巨大容量のスーパーコンピューターの開発に多額の資金が必要な理由はこれだ。

現状では、日本最大のスーパーコンピューター「地球シミュレーター」でも、さらに計算精度を上げるには能力が足りなくなっている。と言うより、スパーコンピュータを使わなければならない研究が増加し続けているため、いくら能力を上げても足りないと言う方が正しい。現有のスーパーコンピューターにかけるための順番待ちをしている課題も多いと聞く。日本のスーパーコンピュータ計画はそんな現状を打破するためのものだ。

一方で、順番待ち時間を減らすため、PS3のCPU(あるいはIBM製の高性能版)を使って、安価な小型スーパーコンピューターを量産すると言う事も考える価値はあるだろう。PS3用CPUはIBM製の4分の1しか能力がないが、量産されているだけにとにかく価格が安い。うまく利用すれば、超大型スーパーコンピューターに掛けたい課題の予備計算(パラメーターの絞り込み等)や計算モデルの妥当性評価に活用できるだろう。

蓮舫氏が、人気取りのための官僚いじめパフォーマンスから卒業したのであればよいが、単に「はやぶさ」人気に便乗しようとするのであればこまったものだ。取り巻きさん達も、親分をサポートできるようにしっかりと勉強して欲しい。

June 17, 2010

相撲協会への批判高まる

相撲協会への風当たりがにわかに強まった。政府から場合によっては名古屋場所開催を自粛すべきとの意見まで出たらしい。

昔から大相撲にヤクザはつきものだが、やはりヤクザとの繋がりが強い保守政治家に遠慮して、文部科学省(かつての文部省)は指導を控えてきた。文部科学省が強い態度に出たのも政権交代の成果といえるのかもしれないが、ネトウヨからは極左政権の暴挙だと批判が出るのだろうか。

もっともこれまで見た範囲では、ネトウヨからは民主党がヤクザと繋がりが深いからだとの頓珍漢な批判が多いようだ。

梅雨の晴れ間

今日の神戸は上天気で蒸し暑い。私が子供のころだったら、不快指数何%と新聞が書き立てたろう。その後、不快指数は聞くと余計に不快になると言う理由で発表されなくなったが。

東京も今日は暑かったらしく、日本経済新聞サイトでは「梅雨空はどこへ云々」と書いている。昔から、梅雨の晴れ間は暑いと決まっている。たった一日で何とも大げさなことだ。小鳩政権崩壊で書き立てる記事が足りないのだろうか。

June 16, 2010

ブブゼラがうるさいと言うけれど

ブブゼラを使った応援がうるさいと話題になっているようだ。実際、ヨーロッパ人やヨーロッパでプレーする選手には不評のようだ。

しかし、日本人の多くはこの程度は平気だろう。日本人はプロ野球の応援で、ラッパや太鼓の騒音には慣れている。日本のプロ野球応援団、特に阪神応援団のすさまじい音には南アフリカ人も腰を抜かすだろう。

他人がやっていないからこそ面白い

日本では「みんな一緒に」が主流だ。良いことも悪いことも「みんなですれば怖くない」。他人の後をついて行けば、「自分の判断を責められることも無い」と考えるからだろう。私もかつて技術者として勤務していた化学会社で、「他社がやっていないことはするな」と言われたことがある。

しかし科学技術の分野では、他人が既に研究済みで結果が分かっていることばかりしているのではつまらない。まだ誰も結果を知らない事を調べたり試したりすることこそが楽しいのだ。これは一体何なのか、一体どうなるのか、と言う好奇心が科学技術研究の原動力だ。

もっとも好奇心が先走りすぎて、まだ実用化すべきではない、人間がそれを使いこなす段階に至っていない技術を解き放ってしまうことがある。そんな技術を使用して惨事を引き起こさないよう、企業経営者や政治家を監視するのは一般民衆の良識と自制心だ。

未知の物事を研究することは楽しいしロマンがある。悪用と暴走を防ぎながら、科学技術と楽しくつきあってゆきたいものだ。

そのためには、科学者や技術者達自身による啓発活動をもっと盛んに行う必要がある。自分たちと自分たちの家族を守るためにも。

こんな物無いかなぁ

最近のテレビ番組にはみたいものがほとんど無い。そんなときにはFMの音楽番組を聴きたくなる。FMラジオも受信(もちろんステレオで聞ける)できるテレビがあればいいのに。

デスクが狭いのでかさばる据え置き型ラジオは置く場所がない。20型前後の薄型TVなら、今のテレビの代わりに置ける。DVD/CDも内蔵ならなお良し。再生のみで可。

June 15, 2010

相撲協会自身も謹慎すべき

賭博問題で、琴光喜が謹慎して次の本場所を休場するという。しかし暴力団との交際は大相撲の歴史に根ざす問題だ。賭博を認めた者を処分するだけで済ませるべきではない。

調査に対し大勢の力士が賭博に関わったことを認めたという。しかし親方衆の中にも暴力団と交際し、賭博行為に関わった者は何人もいるだろう。また、相撲の興行に関わる関係者にも、防汚力談につながる物は大勢いるだろう。それに素知らぬふりをして口をぬぐっているのは許されるべきではない。

相撲協会自身が、さらに大相撲に関わる者全員が謹慎すべきだ。


追記(2010/06/16);早速、毎日新聞に「20人休場したら・・」という記事が出た。相撲協会が賭博に関係したことを認めた者の公表を拒んでいるのはこれが理由だろう。

朝青龍たたきに熱中していた「横審」はこれに関してどう発言するのか?賭博行為は「横審」委員になるほどの相撲通ならば当然知っていたはずだ。横綱の品格以前に、暴力団抜きでは興行が成り立たない大相撲の品格が、そしてそれを黙認してきた「横審」の品格が問われている。

手のひらを返した様に

「はやぶさ」が帰還して話題を集めたとたん、民主党の仕分けチームが「手のひらを返したように」こ次の探査計画の予算を認めると言い始めたそうだ。しかし「手のひらをかえした」のは、仕分けをはやし立てたメディアも、それに乗って踊った一般国民も同じだ。

ことは「はやぶさ」だけではない。スーパーコンピューターや他の先端基礎技術研究の意義も副次効果も理解できず、人気取りのバラマキ公約用の財源を捻出するためだけに、闇雲に廃止を唱え続けた「仕分け」は誤りだったことを素直に認めるべきだ。

June 14, 2010

大相撲;賭博問題は処理できるのか?

琴光喜が認めたことで一気に拡大しそうな大相撲の賭博問題。相撲協会自身にこれを解決できるとは思えない。なぜなら、親方の多くが形はともあれ何らかの賭博経験があるはずだからだ。

ヤクザがらみの賭博は論外だが、トランプ・花札・麻雀まで含めるとほとんどの力士が賭け事の経験があるはずだ。兄弟子に相手を強要されて賭け事を覚えた弟弟子者も多いだろう。相撲関係者以外でも、世の中では賭博に関する罪悪感が薄くなっているのが現状だからだ。

力士の後援者にも、昔からヤクザ関係者が多数いた。それに誘われて賭博に手を出した者も多いはずだ。負けの掛け金は払わず、勝ったときの配当金は受け取ると言う形で小遣いをもらっていた者もいるだろう。

そんな状況で遡って処分を行おうとすれば、処分対象となる親方も多いだろう。従って相撲協会が自分で言うほどの調査や処分を行えるはずがない。横綱の品格以前に相撲協会の品格が問題の根底にある。額面通りには受け取らず、形だけ整えるだろうと予想して見ていることにしよう。

JR西日本;独自安全研究組織は無駄では?

尼崎脱線事故の被害者や遺族に対して、JR西日本が独自の安全技術研究組織を設立すると表明したという。しかし、これは遺族被害者団体に迎合しようとするだけの無駄な提案に見える。このようなやり方は、国鉄の民営化・分割による弊害と言って良い。

JRには共有の技術開発センターとして「鉄道総合技術研究所」がある。JR西日本が独自の研究組織を持つよりも、JR各社と共同してここの安全技術研究部門を拡充するのが正しい取り組みだろう。安全技術の向上はJR西日本だけの問題ではないからだ。従って、安全技術研究の実行とその成果は、JR全社で共有されるべき者だし、可能な限りは他の民営鉄道会社にも開示されるべきだ。

もしこれが遺族被害者団体の要求による者であれば、JR全社の共通組織に変更するよう遺族被害者団体に求めたい。

隼に続け、八咫烏よ

「はやぶさ」が7年間の任務を終えて帰還した。これを地球に連れ戻せたと言うことは、日本の宇宙技術にとって輝かしい成果だ。たとえ小惑星「いとかわ」の砂を持ち帰れていなくても、新しい宇宙航行技術に道を開いたという事を日本人は誇り荷重って良い。「いかろす」の光子帆走と「はやぶさ」のイオン推進の組み合わせは、深宇宙探査に必須の技術となるだろう。日本独自の技術開発を続けることは大切なのだ。これが世界第2では駄目なのかという、全く先を見ない高慢女史の目を開かせる役に立てば良いとも思う。

帰還は、絶望的な困難に取り組み、ミッションの継続を支えたJAXAの担当チームの粘りと、それにこたえた「はやぶさ」の能力が成し遂げた。これは「オデッセウス」の帰国の旅に匹敵するだろう。戦争に一千億をつぎ込むより、すぐに武力行使をしたがる外交音痴の政治家に金を使わせるより、宇宙の平和利用への道を拓く方が日本の威信を高める手段としては数段良い。また、こうした独自の先端技術の波及効果が、日本の産業の競争力を高める上で不可欠だ。

翻って、このところ覇気がない試合ばかりしているサッカーも、「はやぶさ」の運用チームの覇気と粘りを見倣って欲しい。日本代表チームは「八咫烏」を胸につけているが、それは太陽を導く者であり、日本に光と希望をもたらす者だ。それに恥じない試合を期待する。

June 13, 2010

空気が変わった?

どこからともなく漂い始めた「政権の様子をしばらく見たい」という雰囲気に、おもしろおかしくたたくのを自慢にしてきたメディアが戸惑っているようだ。

何人かの閣僚を政治資金問題でたたこうとしたが読者が乗ってこない。(事務所関係者が職権乱用で私物を購入した程度で、閣僚本人の責任を追及しようというのは始めから無理があるが。)その後これと言ったターゲットを定められない。(それも前政権の公約しかネタがないのでは無理もない。)どうもメディアにとっては(民主党にとってどうかはまだ分からないが)風向きが悪い様だ。

風向きが定まらず、空気も定まらない。さて、空気を読むのが得意な人たちはどう読むのだろうか。

June 12, 2010

口蹄疫阻止が成功しない理由

おさまりかけたかに見えた口蹄疫が再び拡大し始めた。

鎮圧が失敗した原因に、県や国の対策が遅れたことをあげる論調がメディアには多い。しかし根底には日本に蔓延している「先送り体質」があると考えられる。

これは県や国だけではなく、畜産家自身にも言える。自分の飼育している分には口蹄疫が発生しないと決め込んで、家畜の処理を少しでも遅らせようとする様子が見て取れるからだ。補償額が決まらないことなどを口実に先送りを続ければ、事態の収集はますます困難になり、九州全体への交通を遮断して隔離する事態にもなりかねない。

事は畜産だけでは済まなくなる可能性があることを考慮に入れ、補償内容の決定を後回しにしてでも処理を進めるべきだ。

June 11, 2010

亀井氏の完敗

先日の記事で亀井氏がスッポン鍋にされるかもと書いたが、予想通り亀井氏の完敗に終わった。連立離脱もできず、閣僚辞任でかろうじて体面の一部を取り繕ったと言う方が正しい。国民新党の威信は大きく低下した。

国民新党の存在感も小沢氏後押しがあってのこと、小沢氏を頼ってごねる手法はもう通用しない。小沢氏排除で支持を取り戻そうと躍起になっている民主党にとって、小沢氏の意図を汲んだとみられるような行動は取れない。それをわきまえずに小沢氏の威光を頼った亀井氏が、いくらだだをこねても始めから通る可能性はなかったのだ。

メディアは政権運営の不手際とする者が多いが、むしろ菅氏の小沢氏排除への強い意思表示と受け取る有権者の方が多いだろう。

あらいぐまとかたつむり

昨日(2010/06/10)の昼前、天気がよいので久しぶりに裏山に散歩に出かけた。

登山口から500mほど登ったところにある早朝登山会の集会所まで行くと、なにやら動物らしき物を段ボール箱に入れて話をしている。何かと思って見せてもらうとアライグマの子供だった。のぞき込むとキーキー泣いたりうなったりしてにらみ返してくる。アライグマらしく子供でも気が強い。おそらく近くに巣穴があるのだろうが、こんな人家の近くにまでいるほど六甲山でも増えているのだろう。六甲山に多いイノシシのように、市街地まで出てきて子供や老人に被害が出なければよいのだが。(注;市街地に迷い出たイノシシは、パニック状態になっているので危険だ。)

あらいぐまのこども

段ボール箱の中からにらみ返すアライグマの子供。


帰り道、ぶらぶらと登山道を下っていると、道端のあけびの葉にカタツムリがとまっているのを見つけた。最近はカタツムリもすっかり見掛けなくなったが、しばらくぶりに見た大きなものだ。それをみて梅雨が目前になっているのを思い出した。

あけびの葉にとまっていたカタツムリ。大きいと言っても3cmほど。子供のころは、大小のカタツムリがたくさんいてよく遊んだのだが。

June 10, 2010

スッポン鍋にされるかも

相変わらず大声でだだをこね続ける亀井氏。

小鳩政権が低支持率であえいでいた間は通用したが、菅政権は高支持率のまま参院選に突入しそうな状況で、参院での単独過半数も見えてきた。あまり強硬にだだをこね続けると国民新党が切られる可能性がある。

国民新党の支持率も小沢支持と言うことで下がっているだろう。それを見越して亀井切りは十分にあり得る。

首をちょん切られてスッポン鍋にされないようご用心を。

追記(2010/06/11);連立離脱と脅迫してはみた物の、やはり民主党に押し切られた。菅首相による人気回復で、民主党にとって国民新党は不可欠ではなくなったからだ。国民新党を取り巻く環境は小鳩時代とは違う。さらに八方美人にならずにはいられない鳩山氏と、そうではない菅氏の気質の違いもある。それをわきまえなければ、だだをこねるだけでは切り捨てられるのは当然だ。

June 09, 2010

パセリとアゲハチョウ

散歩のコースの一つの道端に、放置されて1m近くにまで大きく育ったパセリがあるのだが、今日通りかかると葉がほとんど無くなっていた。はてなと思って見ると犯人がいた。

それはまるまると太ったキアゲハの幼虫。十匹近くが食事中だった。しかし、パセリはほとんど坊主に近く、さなぎになるまで葉が残っているかどうか。

キアゲハの幼虫

尻尾切り

調査捕鯨妨害で悪名高い「シーシェパード」が、日本で裁判を受けている元船長を除名処分にしたという。殺傷能力のあるボウガンと矢を、彼が指揮していた高速艇に持ち込んだ事が、非暴力的活動を旨とする「シーシェパード」の方針に反するからだという。

何を今更と思うが、オーストラリアが国際司法裁判所に提訴したことと関連があるだろう。武器の使用は裁判で不利な要素になりうるからだ。要するに「尻尾切り」で、彼個人の問題にしようとする意図が露骨に見える。

翻って我が日本では、民主党が「小沢隠し」に苦慮している。「尻尾切り」で小沢氏を切り捨てるのが理想だが、この尻尾には鶏口を避けて牛尾になることを選んだ大勢がぶら下がって抵抗している。尻尾もこれくらい太く大きくなると、切るのも大変だ。

June 06, 2010

年功序列と成果主義

民間大企業における昇任人事が、年功序列から成果主義に変わったと言われるのはなぜか?それには大学全入と言われるほど大学が増え、企業が大卒しか採用できなくなった事と密接につながっている。それについて述べたい

戦前から戦後間もないころまでは、大学を卒業できたのは富裕層子弟か苦学生に限られており、学士の上級職員(キャリヤ)としての資質はある程度保証されていた。また、人数も少なかったので彼らを処遇するためのポストに困ることも無かった。仮に縁故採用などで資質に問題があっても、企業全体の人員に対する比率が低いので、それなりのポストで飼い殺しにしておいても負担にはならなかった。また、紹介者に引き取ってもらう手段もあった。

しかし、戦後のベビーブーマーの激しい受験戦争を見た教育関係者から、受験勉強で入学前にすり減ってしまうような現状は宜しくないと言う意見がでて、大学の定員増や学部学科さらには大学自体の設置基準が緩和された。この結果大学の受け入れ可能人数は大幅に拡大した。一方で、国民全体の所得向上によって、子供を大学に進学させる親が増え、ついには大学に進学させるのが当たり前の時代になった。結果として、企業はこれまで下級社員(いわゆる一般職)用として採用していた、高卒以下の低学歴者を採用しにくくなり、下級職要員も大卒で充当しなければならなくなった。

しかし、大卒採用でも下級職で終わることがあり得ると始めから公言しては、良質の志願者を集める上で都合が悪い。そこで採用した大卒者を入社後に何らかの基準でふるい分ける事にした。そこで持ち出されたのが成果主義だ。

年功序列の時代でも、最下級の管理職に昇進した後は厳しい選別が行われたのは変わりがない。仕事の指揮能力や忠誠心などに基づいて、各昇任段階ごとに選別が行われた。しかしその時代には、人材を充当すべきポストの数が候補者に対して多かったため、各段階でふるい落とされる割合は少なかったのだ。そしてふるい落とされた者は「肩たたき」の対象となり、会社を去る仕組みになっていた。

しかし、ほとんどが大卒採用の時代になると、ポストの数に対する候補者の過剰度が大きい。そのため、ふるい落とされる者の不満を封じるために、何か公平に見える選別方法が必要になる。そのためには成果主義が好都合だったのだ。そして、成果を比較するために様々な数値化手法が求められた。1990年代から流行し、大企業各社が競って成果の数値評価法を導入したのはそのためだった。

しかしながら、数値評価法にも作為的な差別は可能だ。そもそも数値評価にそぐわない、良い数値が出しにくい職務がある。昇進させたくない者をこのような職務につけ、昇進させたい者を高い数値を出しやすい職務につけると言う方法で昇進差別は可能だ。トップからの支持で、このようなえこひいきが行われることも現実にある。この為、高い数値評価が得られない者たちが、故意に低評価しか出ない職務につけられているのではないか、などという疑念からモラルが低下する例もある様だ。

モラルを維持する上で、昇進は給与と並んで最重要な項目だ。その見地から、努力比も関わらず華やかな成果に恵まれない者にもそれなりの評価をすることが必要だという認識は企業側にもある。そこで、高いモラルを維持するために、給与、そして年功昇進と成果昇進をどのように組み合わせれば良いのかは企業にとって重要な研究課題になっている。ただ、長い間成果主義がファッションになっていたために、それは表に出にくかったのだ。

いずれにしても、昇進評価がどちらかに偏りすぎれば従業員の意欲が低下する。成果と長年の努力との両方を勘案した考課と昇進が、モラルを維持し職務効率を上げるためには不可欠だ。

June 04, 2010

安全保障上の大欠陥

日本の安全保障には重大な欠陥がある。

それは日米安全保障条約に関する物でも、基地問題でもない。それは全ての卵を一つのかごに入れてしまっていると言うことだ。

なぜかと言えば、日本では政治経済全ての中心機能を東京に集中させてしまっている。民間企業に自由に立地を選ばせてしまっている以上当然なことではあるのだが、政府もまたそれを結果的に後押ししている。なぜかと言えば、官庁・議会ともすぐに民間企業を呼びつけ、少しでも対応(顔出し)が遅れると冷遇する。この習性は民間企業同士でも明瞭にあり、何かというと取引先の担当者を呼びつける。この為全てが一カ所、つまり東京に集まらざるを得ないのだ。

その結果、日本の中枢機能を破壊するにはただ一発の核爆弾で足りる。核爆弾を船荷などに偽装して東京湾に持ち込めばよい。そのための手段はいくらでもある。ミサイルなど必要もない。その点で北朝鮮にとって、東京はソウルよりも容易な攻撃目標なのだ。

こんな重大欠陥を放置したままで、日本の安全保障体制をいくら議論しても始まらない。重要な物は分散しておく、それを考えなければ、いくらミサイル防御システムやステルス戦闘機で防空を固めても役に立たない。貿易貨物に偽装して、第3国の民間船で持ち込まれれば高性能の対潜探知システムもイージス艦も無力だ。

安全保障(防衛)を論じるならば、中枢機能の配置という基本から見直すべきだ。

戦後回帰?

読売新聞が電線を盗もうとして感電した男がいると報じている(記事)。通電中の電線を十分な装備無しに切断して盗もうとするとは、KYを嫌う昨今らしい無謀な行為だが、戦後間もないころのことを思い出した。

それは戦後間もないころは、近年同様資材置き場から資材(特に銅や真鍮)を盗んだり電線を盗んだりすることが多発していたことだ。特に「電線泥棒」は当時の停電のかなりの比率を占めていた可能性がある。

当時は警報監視装置もなかったし、今のように送電監視センターで停電原因となった故障箇所を即時に把握することもできなかった。通報を受けてから送電経路に沿って調べるしかなかったのだ。また、電話も普及していなかったので通報に時間がかかることもあった。従って、盗んでから逃げる時間があり高く売れる銅線は狙われていた。

昭和40年代回顧ブームがあるようだが、こんな戦後回帰は困ったものだ。

マキャベリ「君主論」;もう一つの読み方

ふと気まぐれを起こして、マキャベリの「君主論」を読み始めた。

まだざっと目を通しただけだが、所謂「マキャベリズム=冷徹な権謀術数論」とは別の面があることに気づいた。

もちろんこの書は小ロレンツォ・ディ・メディチに献呈されたものであり、君主たる者いかにあるべきかと説くものであることには違いない。しかし同時に、被統治者(貴族や民衆)が統治者に対して何を求めるのかを、将来の統治者(君主)に説明するという面がある。

これを今の日本に置き換えると、統治者=首相、被統治者=有権者あるいは国民、と言う事になる。つまり、首相が有権者の支持を得るためにはどう振る舞い行動すべきかと言う読み方もできるのだ。今の政治家にはそのような考え方(教養あるいは素養)が欠けている者が多い。政治家を志す者には是非ともその視点から読んでもらいたい。

と言うわけで面白くなってきたので、もう少し読み込んでみるつもりだ。

民主党代表選挙に対する主要各紙の評価

読売新聞毎日新聞;小沢離れの現れと評価
朝日新聞;小沢派が健闘と評価
日本経済新聞;どっちつかずで日和見を決め込む

ふ~~~~む・・・・・

June 03, 2010

塩漬けになりそうな普天間基地問題

鳩山氏と小沢氏がさんざん引っかき回して振り出しに戻った普天間基地移設問題。その結果、おいそれとは進められない状況になっている。

次の首相が誰になるにせよ、その後どの党が政権を取るにせよ、当分の間塩漬けにせざるを得ないのではないだろうか。下手をすれば20~30年はこのまま継続使用になりかねない。その意味で鳩山氏と、それを煽った小沢氏の罪は大きい。

小沢隠しに腐心する民主党

幹事長を辞任せざるを得なくなったとは言え、小沢氏はまだ権力に対する強い執着を見せている。また、相変わらず小沢氏頼りで、小沢氏の影響力を保持することを望んでいる陣笠議員も多いようだ。

彼らは小沢氏が握る党資金に依存しなければやって行けないので、小沢氏に媚びることでより多くの資金を得ようとしてきた。そして小沢氏ももっとも従順な者に優先的に資金を与えてきた。つまり、政策や政治力ではなく、金の力で政権支配をもくろんでいるのだ。

小沢氏のやり方は基本的にこのような利益誘導形の金権政治で、自民党のもっとも汚い部分を引き継いでいる。また、それを豪腕として誇りにしてもいる。今後もこれは変わらないだろう。

だがその一方で、小沢氏が影響力を保持していることが明らかになれば、民主党の支持回復の障害になることも明らかだ。この為、民主党の幹部達は小沢隠しに腐心することになるだろう。

そもそも今日の事態の原因は、小沢氏を政治資金目当てに引き込んだことにある。彼が留まる限り、民主党がクリーン政党になることはあり得ない。

June 02, 2010

口蹄疫;リスクコントロールの欠如が招いた種牛の全滅

宮崎県の口蹄疫の広がりは減速し始めたようだが、今回の大被害の原因は県と畜産家のリスクコントロールの欠如にある。

そう考える理由は、種牛を一カ所に集めておくと言うやり方は、口蹄疫のような事態は発生しないという前提で、効率のみを考えて行われていたとしか思えないからだ。

古来、「全ての卵を一つのかごに入れるな」と言われているように、貴重なものの全てを一度に失わないためには、分散しておくのがリスクコントロールの基本だ。それをしなかったのは県の手落ちと言えよう。また、その危険性を指摘しなかった畜産家側にも同じ事が言える。

根底には最近日本中に蔓延している、「不都合な事は起こらない」と決めつけて、リスクコントロールやリスクヘッジを考えない効率万能主義がある。さらに、このような事態が発生した場合、広がりを止めるための手続きを迅速に進めるためのルーチンを具体的に定めていなかった国にもそれが見られる。

まだまだ、何度でも繰り返してこのような不手際が発生するだろう。

引導を渡しに行って渡された小沢氏

小沢氏は、鳩山氏に引導を渡しに行って渡された形だ。

鳩山氏はしばらく前から、小沢氏が自分だけを切って生き残ろうとしているのを見て、道連れにする決意を固めていたのだろう。だから、小沢氏が保身のための発言をする暇を与えずに、彼も辞任すると断言した。

しかし小沢氏は、今後も党資金に対する支配力を維持するため、事実上の役職を得ようとするだろう。もし腐敗政治の元凶である小沢氏が影響力を保持し続けるのであれば、民主党は何も変わらないことになる。

有権者は、その点をしっかりと見極める必要がある。

「脱戦後教育」の成果;メディアに踊らされる有権者

鳩山政権は、その成立も崩壊もメディアに踊らされた有権者に責任がある。

政権交代とはやし立てたメディアに乗せられ民主党に投票し、やはりメディアに乗せられて非難を浴びせた有権者の行動がこの事態を招いたのだ。メディアは大衆受けを狙って(受けなければ売り上げが増やせないから)現政権を非難し、次政権候補者を祭り上げ、それを賞賛し煽り立てる。空気を読むのがうまいと自認する有権者は、勝ち馬に投票せねば損とそれに従う。

新政権が成立すると、メディアはやはり売り上げを維持するため、おもしろおかしく政権を非難する。するとまた、空気を読んだ有権者がそれに同調する。

小泉政権以来、これの繰り返しだ。まともな政権が誕生せず、すぐにつぶれるのはそんな無責任で判断力のない有権者の責任と言うべきだ。もちろん、そんな大人を育てることを目標とした「脱戦後教育」のもたらした成果でもある。

私は辞任しない;小沢氏が雲隠れ?

鳩山氏が辞任を表明したが、辞任を了解したとされる小沢氏は沈黙したままだ。昨日の厳しい顔は鳩山氏から道連れを通告されたからだったのだろう。

雲隠れした小沢氏は、何とか党役員として残るべく工作中なのだろう。党資金に対する支配力を失えば、小沢氏の党内支配力の大半は失われるから。小沢チルドレンにとっても、金の切れ目は議席との縁の切れ目になりかねない。従って小沢チルドレンは小沢氏を何らかの形で党役員として残そうとするかもしれない。しかし、小沢氏が実質的な党役員として残るとなれば、それは民主党にとって致命的な事になりかねない。

それにしても、次の総理に名乗りを上げる者はいるのだろうか?空中分解した党が新総理をもり立てられるのか疑問だ。福田氏同様、「敢えて火中の栗を拾う」覚悟が必要だ。

June 01, 2010

橋下知事の見え透いた「ええかっこしい」

橋下氏が近畿地区の知事に海兵隊訓練地受け入れを呼びかけたそうだが、「ええかっこしい」が見え透いているだけにしらける。発起人になった後、府民の理解が得られないからと言って逃げ、他府県に押しつけようというわけだ。

まず、大阪府で受け入れる具体計画を示すべき。

胸に「A(C)」と大書したTシャツを橋下氏にプレゼントするアパレルさんはいませんか?もちろんファッストファッション業者さんでもOK。

一蓮托生;小沢氏のジレンマ

鳩山氏の今後について、メディアでは小沢氏が鍵を握っていると言う報道が多い。また、小沢氏が鳩山氏に引導を渡すことに期待する改選議員も多いと言う。しかし、小沢氏が鍵を握るというのは正しくないかもしれない。

それは鳩山氏を失脚させてなお参院選で敗れれば、今度は小沢氏が批判の矢面に立たされると言う事だ。選挙で勝てる見通しが立たない状態では、保身のため鳩山氏で選挙に負ける方が好ましい。

しかし別の見方をすれば、この状況で首相になりたいという者がいるかどうかにも疑問がある。他の民主党幹部にしてみれば、鳩山/小沢で敗北すれば小沢氏追い落としの口実になる。首をすげ替えても好結果が期待できない状況では、選挙後に政治資金問題と敗北の責任で小沢氏を役職から追放できるのは魅力的だ。だから、選挙は鳩山/小沢体制でと考える者も多いだろう。また、敗北の可能性が高い状況で、首相になるのは貧乏くじを引くことでもある。そんなリスクを取る者がいるかどうか。小沢氏が腹心に因果を含めてと言う事もあり得ないではないが、そんな姑息な手段では敗北がますます厳しいものになるだろう。

一方で小沢氏が失脚して、党資金に対する支配力を失えば、陣笠議員達も小沢氏から離れざるを得なくなる。それは他の幹部達にとってますます好都合だ。この為、最悪の場合、次の党代表を立てることができないまま選挙になだれ込むことになりかねない。

結局、小沢氏にとって好都合な状況を作ることは難しい。どちらも自分の失墜へと続く分かれ道で立ちすくんでいる状態といっても良い。もちろん後戻りは不可能だ。

追記(2010/06/01);やはり会談は決裂。極力自分が傷つかずに首相を退陣させたい小沢氏と、自分を辞任に追い込めば小沢氏も道ずれにと言う鳩山氏との利害の対立か?しかし、小沢氏が傷つかずに鳩山氏を辞職させる手段があるとは思えない。

小沢氏はそれを必死に探しているのだろうが。

小沢氏にも人ごとではない鳩山下ろし

民主党内に鳩山下ろしの嵐が吹き荒れ始めた。小沢氏は極力それから距離を取ろうとしているように見える。鳩山下ろしの後は小沢下ろしになるからだ。

民主党内の小沢依存派は、鳩山氏を下ろせば党の人気が回復すると考えているのかもしれない。しかし実際はそうはならないだろう。民主党支持低下の原因は、不透明な政治資金、そしてボスによる密室政治もあるからだ。

鳩山氏を下ろしても党勢が回復しないとなれば、その次は小沢下ろしに向かうだろう。

またこの状態で、鳩山後を引き受けようという民主党大物がいるかどうか。福田氏の前例があるだけに、「敢えて火中の栗を拾う」度胸のある者はいないかもしれない。現実問題として次首相の目途が付くまでは鳩山下ろしに取りかかれないという状況でもある。

また、自民党の総選挙無しの政権継承を非難してきただけに、鳩山下ろしの後総選挙の要求が高まる可能性がある。当選したばかりの新人議員にとって、落選する可能性が高い総選挙は避けたいだろう。それも鳩山下ろしの障害になる。

二大政党の崩壊

二年前、メディアは「先進国並みの(実は英米とその旧植民地だけの)」二大政党体制にすべきと煽っていた。
そして一年前、メディアは自民党崩壊、政権交代をと煽っていた。
そして今年、メディアは民主党崩壊と煽ることができずにいる。既に民主党は崩壊しているが、国民を煽るべき次の体制が読めずにいるからだ。

読ませるべき空気が乱気流と化した今、空気が読むのがうまいと辞任する有権者は何を読む?

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