首相になりたくない症候群
毎日新聞社の世良論説委員が、「政界には旧社会党病が蔓延している」と書いている(記事)。旧社会党のように、批判だけしていればよい立場に安住している者ばかりだと言うわけだ。
私はこれを「首相になりたくない症候群」と呼んでいる。これから被災者からの不満や批判が本格化するこの時期に、批判にさらされる立場である首相にはなりたくない、言い換えれば批判することでいい子にはなりたいが、批判はされたくないということだ。だから、「菅降ろし」を声高に言い立てるものの「後は私が引き継ぐ」という者は出てこない。
別の言い方をすれば、「菅降ろし」は口先だけで、本気で菅氏の次を考えている者がいないということだ。
以前の記事「立ち往生の菅降ろし」で書いたように、起つ者無く、推す者も推される者もいない、受け皿無しで立ち往生している「菅降ろし」。その原因は誰も本気で菅氏を降ろそうとはしていないからだ。不満や批判が集中する時期は菅氏に任せておいて批判を避け、復興に目処がつき批判が少なくなってから首相になり、成果を自分の手柄にしたいのだ。だから次期首相について水を向けられると皆逃げ腰になる。また各党とも、現時点で政権運営にかかわることを避け、参加しないための口実を並べたてている。
それが見え透いているので、「菅降ろし」は盛り上がらず、時期首相候補として支持を集められる者もいない。
菅氏が降りても、次の首相が決まらなければ、結局は菅内閣が事務処理を続けなければならない。しかしその状態では、立法が絡む案件は何一つ出来ない。誰かが起たない限り菅氏が降りることは不可能だ。
「菅降ろし」を進めるには、まず次期首相候補を決めなければならない。しかし、「敢えて火中の栗を拾う」侠気のある者は、永田町にはいないようだ。福田氏の前例を見ているだけに、恐らく誰も起とうとはしないだろう。
故に、菅政権は当分続くだろうし、任期満了もあるかもしれない。菅政権が成果を上げれば、引き継いでもあまり批判にさらされなくなる時期が早まるが、菅氏を非難する根拠が少なくなる。逆に、政権運営を妨害して成果が上がらなければ、引き継いでも良い時期が遅くなる。また、露骨な妨害は被災地からの反発を買う。これは「菅降ろし派」にとって大いなるジレンマだ。
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