再びゆとり教育について
6月。
欧米の多くの国では学校が夏休みに入っているはずだ。
それらの国では夏休みが3ヶ月もあるので、週六日の授業をしていても年間の授業日数は現在の日本と大して変わらないだろう。にもかかわらず授業日数が足りないという話はあまり聞かないし、学力低下が問題になっているという話も聞かない。その理由について考えてみた。
一つには教育に対する考えの違いがあるだろう。日本より学力が低いと引き合いに出される国の多くは、社会性と生活力に重点を置いていて、知識は自分で身につけるものと言う考え方が強いようだ。これらの国ではまた、自主性と判断力を重視する様に思われ、教育内容もそちらに重点がある。つまり何をどう教えるのかがはっきりしているのだ。
これに対して、日本では教育内容が総花的で、何に重点を置くのかがはっきりしないようだ。教育内容をもっと深く吟味し、教えなければならないこと、教えることが好ましいこと、余裕があれば教えることを仕分けしなければならない。現状を放置したままでは、単に授業日数を増やしても同じ事だろう。この点についてはいわゆる教育関係有識者に責任がある。どう見ても功名争いに明け暮れ、自分の主張を押し込むことしかしていないように見えるから。
また、教師が自分の創意工夫で授業を組み立てるための材料を豊富に用意すべきだ。そうすれば授業内容はもっと豊かになり柔軟なものになる。それでこそ、真にゆとりある教育になるだろう。
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